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「もう辞めろ」箱根駅伝の“罵声”が鈴木健吾に火をつけた “世界59人目”のマラソン日本新記録が誕生するまで
text by
小堀隆司Takashi Kohori
photograph byKyodo News
posted2021/03/02 17:02
第76回『びわ湖毎日マラソン』で2時間4分56秒の日本記録を叩き出した鈴木健吾
勝つためのプランがなかったMGCの反省
鈴木だけでなく、日本歴代5位となる2時間6分26秒のタイムで2位に入った土方英和(ホンダ)を始め4人が6分台を記録した今大会、気象コンディションの良さが選手の好走を後押しした側面は大きい。さらに30kmでペースメーカーが外れた後、先頭をサイモン・カリウキ(戸上電機製作所)が引っ張るかたちになったレース展開も先頭集団の中にいた選手たちには有利だった。
だが、本当に称えられるべきは鈴木の冷静なレース運びであり、ここぞの場面で見せた勝負勘だろう。昨年、東京オリンピックの代表権を賭けたMGCでは自ら先頭に立つなどしてレースを積極的に動かしたが、「とりあえず爪痕を残そうと仕掛けただけで、明確に勝つためのレースプランが浮かんでいなかった」と終盤に余力を残せず7位と優勝争いには絡めなかった。今回はその反省を生かし、35km過ぎまで無駄な動きを控えてかげのように存在感を消した。そして、あのスパートである。「幸か不幸か、給水を取り損ねた」36kmの給水地点で、先頭争いをしていたカリウキと土方を一気に引き離す。レース終盤であれだけの切り替えをし、上げたペースを維持したまま残り5kmを力強い足取りで走りきった。
アフリカ勢の強豪たちでひしめく4分台ランナーの仲間入り
前半より後半の方が速いネガティブスプリットを刻み、世界で58人(内55人がエチオピアとケニアの選手)しかいなかった4分台ランナーの仲間入り。かつて世界新記録を樹立したこともある、ウィルソン・キプサング(ケニア)の持つ従来の大会記録(2時間6分13秒)を大幅に上回ったのだから価値が高い。
一夜明けての1日のオンライン記者会見で、鈴木は「(同僚の中村)匠吾さんがMGCで決めたようなスパート力を磨きたい。(外国人選手の)揺さぶりに対応できるようなタフさも身につけたいです」と意欲を語った。
目標に見据えるのは、3年後のパリ・オリンピック。驕らず謙虚に、楽しみながら走りを磨いていく。