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「もう辞めろ」箱根駅伝の“罵声”が鈴木健吾に火をつけた “世界59人目”のマラソン日本新記録が誕生するまで
posted2021/03/02 17:02
text by
小堀隆司Takashi Kohori
photograph by
Kyodo News
周囲ばかりではなく、本人も驚くような快走だった。
琵琶湖畔で行われる大会としては最後となる、第76回『びわ湖毎日マラソン』で富士通の鈴木健吾がマラソン初優勝。大迫傑(ナイキ)が持っていた従来の日本記録を33秒更新し、2時間4分56秒の好タイムで大会最後のウィナーに名を刻んだ。
ゴール直後のテレビインタビューで「ほんとにこんなタイムで走れると思わなかったので、正直、自分が一番びっくりしています」と答えた25歳。その木訥な受け答えに、彼のマラソン哲学がにじんでいるかのようだった。
鈴木の名がよく知られるようになったのは、大学3年生の頃だ。その年の夏に10000m28分30秒16の神奈川大記録を打ち立てると、箱根駅伝予選会では日本人トップの走りでチームの本戦復帰に貢献。箱根では2年連続となる花の2区を任され、そこでも日本人歴代5位(当時)となる好タイムで自身初の区間賞を奪った。
箱根駅伝では沿道から「もう辞めろ」と言われ
まさに大学駅伝界の顔になったわけだが、当時からその言動は謙虚だった。勝って驕らない姿勢は、喜び以上に負けたときの悔しさを知っていたからだろう。
ルーキーイヤーから鈴木は箱根を走っているが、その年は6区区間19位と苦しんだ。箱根を夢見て愛媛から上京した青年に浴びせられたのは、沿道からの心ない罵声だったという。鈴木は以前、箱根の思い出についてこう語っている。
「一番印象深いのは初めての箱根駅伝で、僕は6区19位だったんですけど、途中で沿道から『もう辞めろ』って声が聞こえてきたんです。やっぱりただ憧れの舞台というのではなくて、もっと覚悟を持って走らないとダメだなって。あれが転機になったかはわからないですけど、あの声は今でもすごく憶えてますね」