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初対面での卵焼きと「ゼロポイント、だせぇ」 小林陵侑24歳と葛西紀明48歳は師弟でライバル【W杯18勝】
text by
長谷部良太Ryota Hasebe
photograph byGetty Images
posted2021/02/25 11:00
W杯18勝を果たした小林陵侑。年齢が倍違う葛西紀明との関係性は独特だ
それまで、小林は緊張をほぐすための呼吸法や、下半身の力をしっかりと踏み切り台に伝える方法など、葛西が長年をかけて会得した技術を伝授されていた。それでも、くすぶっていた頃に足りなかった物は、自ら深く考えることだったのかもしれない。平昌五輪後、小林は他の選手の助走姿勢をまねるなど、試行錯誤を重ねていった。それが元来の高い身体能力や才能とかみ合い、2018-19シーズンの爆発につながった。
そのシーズンは伝統のジャンプ週間第1戦で優勝。日本勢では葛西以来、18季ぶりの制覇だった。その勢いを保ち、日本勢初となる4戦全勝でジャンプ週間を完全制覇。葛西が持っていた日本男子最多のシーズン6勝も上回った。この頃、W杯をともに回っていた葛西は、ことあるごとに小林について聞く我々メディアに対し、いつでも快く応じてくれた。その言葉の中には祝福とともに、必ず負けず嫌いのプライドが含まれていた。シーズン6勝の記録を破られた時は、こう言っていた。
「記録は塗り替えられるためにありますので、次は僕が陵侑の記録を塗り替えたいと思っています。簡単に僕を飛び越えていっちゃったのは悔しいんですけど、陵侑が強くなるのは自分が見抜いていたので、ここまで強くなってよかったなと思いますね」
葛西のコメントには悔しさと嬉しさが入り混じる
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小林がW杯通算18勝目を挙げた2月19日、葛西は土屋ホームを通じてコメントを出した。
「僕が何年もかけて積み上げた記録を24歳で抜かれたのは悔しいですが、自分のチームの後輩なのでとても嬉しいです。これからも世界一を目指して頑張ってほしいですね」
また、「悔しい」という言葉があった。レジェンドは今季のW杯遠征メンバーに選ばれず苦しんでいるものの、闘志は少しも衰えていない。筆者は取材の際、この葛西のコメントを一言一句、小林に伝えた。そして、どう報告をしたいか尋ねた。小林は言った。
「今、連絡をくれたんですよ。すごいうれしかったです」
どんなやり取りがあったのか。
「『随分、勝つな』、みたいな(笑)」
俺のいない間に、あんまり先に行かないでくれよな。葛西の言葉には、そういう思いがこめられていたに違いない。24歳の小林陵侑と、48歳の葛西紀明。2人のちょっぴり複雑な関係性を、まだまだ追い続けていきたい。