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【箱根駅伝】20年前“10区逆転”を許した駒大OBは創価大・小野寺をどう見た? 「つらいのが当たり前、でも…」
text by
和田悟志Satoshi Wada
photograph byL:Sankei Shimbun R:Yuki Suenaga
posted2021/02/02 17:02
駒大OBの高橋桂逸は、今年10区で逆転を許した創価大の小野寺勇樹と20年前の自分の姿を重ね合わせた
「大八木さんは昔からあんな感じでしたよ」
レース直後こそ、チームメイトに対して申し訳なく思う気持ちがあったが、数日間の帰省期間から戻ってくるとそんな気まずさは解消されていた。
「他のメンバーにもやらかした者がいたので、分散されたんですかね。僕が一番やらかしていますけど(笑)。
大八木さんからは“あんなことになってしまったんだから、もっと頑張れ”という叱咤激励はありましたが、優しかったですよ。自分のために言ってくれましたし、怒られるということもありませんでした。
今の大八木さんは“以前とは変わった”と言われますが、僕から見れば昔からあんな感じでしたよ。言っていることもそんなに変わらないですし(笑)」
連覇を逃したその翌年から、駒大は“平成の常勝軍団”と呼ばれるほど快進撃を続けた。箱根駅伝では4連覇を成し遂げた。しかし、高橋さんが箱根路を駆けたのはあの一度きりだった。
「僕自身、箱根駅伝を目指してやってきた部分が大きかった。あんな走りをしたら、他の人だったら“なにくそ!”と思うんだと思いますが、僕はそこまでの気持ちにはならなかったんです」
それでも、大学卒業後には実業団の愛三工業に進み、マラソンに打ち込んだ。さらに、現役を引退した今は愛知県庁のスポーツ局に勤め、名古屋ウィメンズマラソンの運営に携わっている。これまでの高橋さんの人生は、走ることと共にあると言っていい。
20年ぶりの10区逆転を許した創価大・小野寺へ
「現役で走っている時は、箱根はあんまり良い思い出ではなかったですね。毎年のように箱根駅伝の中継ではCMに入る時に、僕が抜かれるシーンが放映されましたし。7年前に取材を受けた時に当時の映像を見ましたが、正直あまり良い気分ではありませんでした(笑)。今見ても、たぶん悔しさが湧き起こってくると思います。
ただ、ほんとに皆さん、箱根駅伝が好きで、僕が抜かれたことをご存じの方もけっこういらっしゃるんです。あんな結果でしたけど、どこに行っても“すごいね”と言ってくださる方がいます。もしかしたら7年ぐらい前までは引きずっていたのかもしれないですけど、今となっては、そんなに嫌な思い出ではないですね」
高橋さんは努めて明るく当時を振り返ってくれたが、この20年の間には逆転を喫した当事者にしか分からない苦悩を思い起こすこともあったのだろう。
そして今年、20年ぶりに最終区で逆転劇が起こった。今回、先頭を奪ったのは母校の駒大だったが、20年前の自分と同じ状況になった創価大の10区・小野寺勇樹の気持ちも、高橋さんは慮った。
「今はつらいし、つらいことが当たり前だと思います。でも、10年経てば、良い思い出になるよ、ということを小野寺君には伝えたいですね」
高橋さんは、そんなシンプルな言葉を、小野寺へのエール代わりとした。