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「なんだその髪型は。今すぐ切ってこい!」“番長”三浦大輔DeNA新監督が18歳からリーゼントを死守する理由
posted2021/01/27 17:02
text by
田口元義Genki Taguchi
photograph by
KYODO
2020年11月17日。横浜DeNAベイスターズの公式YouTubeチャンネルで公開された動画のうち1本は、慣れた手つきでリーゼントヘアをセットする男の姿から始まる。
時間にして3分31秒。ドキュメンタリー風に編集された短編では、その男が車のハンドルを握りながら「人生の半分以上を過ごす」横浜への愛着を語り、プロ野球選手として輝きを放っていた時代の映像と絶妙にシンクロする。そして物語は、男が記者会見場に到着したところで締めくくられる――。
主演は三浦大輔。この日、彼はDeNAの新監督に就任した。記者会見の模様は、もう1本の動画に収録されている。
選手、指導者合わせ「横浜一筋」27年。三浦が長年に亘り「フォーマル」だと誇示する、リーゼントが映える。
「今風の髪型なら宣伝効果があるかもしれないけど、リーゼントはなりにくいのかな?」
少し自嘲していた三浦を思い出す。
時代や流行りは関係ない。三浦がキメてこそ、このヘアスタイルは存在価値を発揮する。
絶対不変。監督となってもリーゼントを貫くことに、覚悟を感じた。
三浦にとってリーゼントとは、いつだって成り上がりの決意表明でもある。
18歳でリーゼントにしたのは……
その起源は、まだ坊主が当たり前だった中学、高校時代。三浦は不良マンガ『ビー・バップ・ハイスクール』に夢中になった。現実世界でも、大好きな矢沢永吉やエルビス・プレスリーが、リーゼントを揺らしながらビートを奏でる様に心を躍らされ、「俺もいつかはあんな髪型に」と憧れを抱くようになった。
念願を叶えたのは、自由にアレンジできるくらい髪が伸びた18歳、プロ1年目だった。
ただ、時代はまだ、体育会気質が色濃く残る1990年代初頭である。言うまでもなく、上司たるコーチ陣の心象は悪かった。