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Bリーグ川崎・辻直人「“チームが勝てば”で満足してはダメ」批判と怪我を超え、ヒーローになる
text by
ミムラユウスケYusuke Mimura
photograph byKAWASAKI BRAVE THUNDERS
posted2020/11/09 06:00
辻直人は明るく笑顔で長い挫折から這い上がろうとしている。暗い流れを吹き飛ばすその姿は、まさに令和のヒーローだ
ライバルと戦うときもそうだ。
宇都宮ブレックスと戦うときには、不安が頭をよぎった。
「あんなに激しいディフェンスをされて、良いプレー、できるんやろか?」
アルバルク東京と戦うときには2歳下の田中大貴をみて、こう思った。
「大貴は代表でも活躍して、自信も経験も手にしてきた。オレも、以前はずっと代表に選ばれてきたのに、最近は……」
気がつけば、自信だけではなく、自分らしさもなくしていた。
「必ずオレがMVPをとって、みんなでお祝いするから」
辻らしさとは、何だろうか。
それをよく知るのが、コロナ禍の前まで月に1回のペースでお互いの妻と子どもを交えてホームパーティーをしてきたニック・ファジーカスだ。
2018年に生まれた彼の愛息が、生後初めてとどろきアリーナに観戦に訪れた試合でのこと。ハーフタイムに辻がファジーカスに声をかけた。
「今日は必ずオレがMVPをとって、試合後にみんなでお祝いするからね!」
ホームゲームでは最も活躍した選手がMVPに選ばれ、試合後にヒーローインタビューを受ける。
有言実行とばかりにMVPに輝いた辻は、ヒーローインタビューの場で音頭を取ってアリーナにつめかけたファンと一緒に第一子の誕生を祝った。
チームが勝ち、みんなが認める活躍をしなければ、そんなことはできない。ファジーカスは辻についてこう言った。
「ツージは人を楽しませることが上手で、彼がいることでみんながすごく明るい空気になります。ただ、それに加えて、僕と彼には通じるところがあって。それは試合で優れたパフォーマンスを見せなければいけないという使命感にかられているというところなのです」
2人が友人としてだけではなく、バスケ選手としても信頼で結ばれている理由がそこにある。
そうした辻の一面が影を潜めつつあるのはなぜなのか。一つには、怪我によって自信を失ったから。
でも、それだけではなかった。
選手はある種の完璧さを求められるようになった
プロリーグ発足によって、失われたものもある。注目度は増したし、バスケ界のレベルも上がった。それにともない、選手はある種の完璧さを求められるようになった。
自分のチームとファンのために「明日の試合でも必ず勝ちます」と辻が語れば、相手チームのファンから配慮を欠くと見なされることもあった。相手をバカにしようとする意図が1ミリもなくとも。
相手チームの選手がチームメイトに挑発的な言葉を投げかけ続けていたのが悔しくて、言葉ではなくプレーで黙らせようと次々シュートを決め、相手選手の前で喜んでみせたら、その一場面だけを切り取られて批判されたこともあった。