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こんな野性味のない比嘉大吾は初めてだ “親友”との決戦で連続KO記録保持者に何が起きたのか
 

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渋谷淳

渋谷淳Jun Shibuya

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photograph byHiroaki Yamaguchi

posted2020/10/27 17:02

こんな野性味のない比嘉大吾は初めてだ “親友”との決戦で連続KO記録保持者に何が起きたのか<Number Web> photograph by Hiroaki Yamaguchi

堤聖也戦でまさかのドロー決着となった比嘉大吾。そこに見えたのは新たな挑戦の跡か

初めて見た野性味にかける比嘉

 ところが晴れやかな心境とは裏腹に「最高の環境」は理想的な結果に結びつかなかった。この夜は、グイグイと相手にプレッシャーをかけ、チャンスとみれば獰猛に襲いかかる比嘉の真骨頂は見られなかった。野性味に欠ける比嘉の姿を見るのは初めてだった。

 こうなってしまった理由は1つではないのだろう。比嘉が口にした「ボクシングを知った部分が出てしまった」というのはその1つだ。一気に世界王者まで上り詰め、王座陥落を味わってから2年半。復帰後は落ち着いてボクシングに向き合い、ただがむしゃらなだけではダメだと考えた。ボクシングの幅を広げようと考えるのは向上心の証であり、悪いことではない。ただ、そうした試みはすぐに結果が出るとは限らない。

 本人が言うところの「最高の環境」を手に入れたことも、心に隙が生まれた要因になったかもしれない。比嘉は話を聞くたびに「野木さんの練習をしていれば大丈夫」と口にした。野木トレーナーのフィジカルを重視しつつ、創意工夫にあふれたトレーニングは確かに素晴らしいが、比嘉の中で過剰に安心してしまった部分があったようにも思える。

「みんながスカッとするボクサーになれる」

 比嘉は記者会見で「もう一度倒しにいくボクシングを見直したい」という趣旨の発言を繰り返した。そして「いい勉強になった」というセリフも何度か口にした。

 常にKOを期待される比嘉にとってみれば不甲斐ない試合だったかもしれないが、思わぬ苦戦は間違いなく良薬となるだろう。比嘉の戦績はこの試合を含めて18戦して16勝16KO1敗1分。1敗は体をボロボロにして計量失格となった翌日、最悪のコンディションで出場した世界タイトルマッチで敗れた異例のケースだった。厳しい試合を乗り越えるという経験は意外に少なく、今回の堤戦は貴重な財産となったに違いない。

 冒頭で今回の試合に厳しい評価を下した野木トレーナーは「KOできれば理想でしたけど落胆はしていません。あと1、2試合すれば、みんながスカッとするボクサーになれると思います」と愛弟子の成長に期待を寄せた。

 初めての判定決着、初めてのドローという経験を比嘉がどう生かし、どう立て直すのか。次戦は今回以上に注目の試合となるだろう。

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