ボクシング拳坤一擲BACK NUMBER
こんな野性味のない比嘉大吾は初めてだ “親友”との決戦で連続KO記録保持者に何が起きたのか
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2020/10/27 17:02
堤聖也戦でまさかのドロー決着となった比嘉大吾。そこに見えたのは新たな挑戦の跡か
比嘉がなぜか不正確な計算をしていた
堤陣営の石原雄太トレーナーによると、前半は「とにかく相手を下がらせる」がテーマだった。堤はハードパンチャーである比嘉の正面に立たないようにポジションを巧みにずらしながら、手数で上回って元世界王者を下がらせた。もともと2階級の差があるからフィジカルで劣ることもなかった。
立ち上がりの堤陣営が手応えを感じていたのとは対照的に、比嘉は「押されている」という危機感を持たなかった。これが徐々に歯車を狂わせていくことになる。
「ジャブは当たっているイメージだったし、いちおう(相手のパンチを)ブロックはしていたので、ポイントを取っているという緩みがあった」(比嘉)
確かにブロッキングでクリーンヒットを許していなかったとはいえ、両者ともに決め手を欠くようなケースではよりアグレッシブな選手にポイントが流れる。ポイントの計算などせずに前に出てグイグイと相手を追い詰める比嘉が、この日はなぜかポイントの計算を、しかも不正確にしていたのだ。
こうしてペースをつかみそこなった比嘉は何度かギアをアップしようと試みたものの、最後まではっきりと加速できぬままゴールテープを切る。要所で見栄えのいいパンチを決めたあたりはさすがだが、手数では最後まで堤が上回ったためドロー決着は妥当な印象だった。
「最高の環境が整った」はずだった
比嘉にとって今回の試合は世界王座返り咲きに向けて再スタートを切る大切な門出になるはずだった。2018年4月、日本人世界王者として史上初となる計量失格による王座はく奪。その後は糸の切れた凧のようにさまよった末、今年2月に1年10カ月ぶりに復帰したものの、所属ジムとのいざこざもあってモヤモヤはいつまでも晴れなかった。
そんな悩める戦士に持ち前の明るさが戻ったのが4月のこと。デビュー戦からタッグを組んでいた野木トレーナーとのコンビを復活し、6月には新興のAmbitionジムへの移籍が成立。世界4階級制覇王者の井岡一翔をマネジメントするトラロックエンターテインメントと契約し、テレビ局のTBSをはじめバックアップ体制が整った。本人曰く「最高の環境が整った」はずだった。