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池江璃花子に奇跡を見た。アスリートの本能とパリへのワンストローク。
text by
矢内由美子Yumiko Yanai
photograph by東京都水泳協会/ベースボール・マガジン社
posted2020/09/06 20:00
復帰レースとなった東京都特別水泳大会、スタート時の池江。肩から上腕にかけてのラインに筋肉が戻っているのがはっきりとわかる。
「負けたくない」本能が残っている。
慎重な歩みに徹している池江だが、復帰初戦でアスリートとしての本能をあらためて呼び起こされた部分があったと語っていたのは印象的だった。
「きょうは満足しているのですが、今後試合に出ていった時に、自分が勝てなかった時の悔しさがどうなのかと想像することができました。やっぱり、アスリートとしても負けたくないという気持ちがしっかり残っているのだと。それは次の試合に向けてという部分だと思います」
このコメントから察するに、今後はさまざまな場面で沸き上がる気持ちの推進力をどうコントロールしていくかがカギを握るのかもしれない。たぐいまれなる水泳センスとひときわ強い意志を持つ池江だけに、“やればやるだけできる”、“記録が伸びて楽しい”という状態が続くこともありえるだろう。だからこそ、慎重に、穏やかに見守る必要があるだろう。
奇跡の人の、パリへの一歩。
復帰戦のプールサイドでは過酷な闘病生活にも寄り添ってきたマネジメント会社のスタッフが目を潤ませる姿を見つけて、「私ももらい泣きしちゃいました」と涙をぬぐった。萩野は「スタート台に立つこと自体が奇跡だなと思った」と感嘆していた。8月29日の辰巳の光景がどれだけ尊いものか、池江を見つめた多くの人々の目に宿る温かみがすべてを物語っていた。
「まずはインカレ(10月2~4日、東京辰巳国際水泳場)。そして、一番の目標はパリ五輪に出場することです。今は全力でタイムを出すのではなく、徐々にタイムを出していき、パリに向けて体を戻していくことがモチベーションになっています」(池江)
焦るまい。焦らせるまい。20歳から始まった第2の水泳人生。ワンストロークごとに着実に前へ進んでいく姿が見られることを願っている。