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「タニ!フリー!」「落ち着け!」
柏vs.FC東京で響く“本気な神の声”。
posted2020/07/05 16:00
text by
松本宣昭Yoshiaki Matsumoto
photograph by
Etsuo Hara
お客さまの声は、神の声。
顧客の意見や感想に耳を傾けることで、商品やサービスの向上を目指す。商売の鉄則である。
プロスポーツの興行にとっても、お客さまの声は神だ。観戦チケットの売り上げだけじゃない。スタンドから降り注がれる歓声によって、選手は、やる気と闘争心を掻き立てられる。
しかし、新型コロナウイルス禍による中断から約4カ月ぶりに再開したJ1リーグに「お客さま」の声はない。柏レイソルvs.FC東京も、静寂のピッチに荒木友輔主審のキックオフの笛が鳴り響いた。
「前半は硬さが両チーム目立ち、ボールも落ち着かなかったです」
FC東京・長谷川健太監督がこう振り返ったのも、無理はないだろう。これまでは何万人ものサポーターの声に背中を押されてきた選手たちだ。静かなピッチでいきなりテンションを上げるのは難しい。序盤は互いに動きが硬く、慎重な展開が続いた。
「タニ!フリー!」「ゆっくりでいい」
ただし、無観客試合にもちょっとだけメリットがある。
「タニ! フリー!」
前半5分、柏・江坂任が頭で落としたボールが大谷秀和に渡る。その瞬間、味方選手が大声で発した言葉が、スタンドの記者席まで届いた。その声を受けた大谷は、ワンタッチで最前線のオルンガへ浮き球パス。シュートはゴールに届かなかったものの、この試合、最初に迎えたビッグチャンスだった。
周りの声は、神の声。
サッカーの鉄則だ。どんな名選手でも、試合中は敵のプレッシャーや緊張、疲労によって視野が狭まる。そこで周囲の選手が声をかけることで、プレー選択に幅と余裕が生まれる。普段ならばサポーターの大歓声によって掻き消されることも多い声が、無観客試合だとクリアに届く。
「シュウト! (相手へのアプローチは)ゆっくりでいいよ!」
FC東京のGK林彰洋は、常に味方選手の名前を呼びながら、細かく動きとポジションを修正させていた。特にJ1リーグ戦初先発の22歳、安部柊斗に対しては、何度も何度も声をかけた。