オリンピック4位という人生BACK NUMBER
<オリンピック4位という人生(9)>
笠松昭宏「栄光の架橋の影で」
posted2020/05/03 09:00
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph by
PHOTO KISHIMOTO
笠松昭宏が最終種目のあん馬を終えるとシドニー・スーパードームの観衆から演技への返礼のような拍手が起こった。メダルの行方はまだ見えなかったが、その時点でやり残したことはほとんどなかった。
「僕自身ほぼ完璧という演技ができて、やるだけのことはやったという感じでした」
だからそのあと笠松にできたことといえば日の丸のジャンパーを羽織り、仲間たちとベンチに腰かけて待つことだけだった。
体操男子団体、最後の演技者であるロシア、ネモフの平行棒がはじまった。メダルの行方はナイーブな天秤にかけられていた。ネモフの得点が9.613を下まわれば日本は銅メダルを手にし、逆にそれ以上であれば4位となる。つまり天と地が分かれる。
諦めるわけにはいかない運命。
見つめる笠松の眼前でネモフが力強く宙を舞い、ピタリと着地を決めた。そして何かを確信したかのように両手を突き上げた。
笠松の童顔に影が差した。祈るように見つめた電光掲示板に得点が表示される。
9.775。つまりは敗北。
日本体操団体、8年ぶりのメダルはするりと逃げていった。3位と4位。両者を分けたその差は、わずか0.162点だった。
「正直、オリンピックがすべてと考えてそこまでやってきたので、すぐに4年後のことを考えるのは難しい状況でした」
これを競技者の区切りとしてもいいくらいに全てを出し切った。それでも笠松にはこの舞台を降りるわけにはいかない理由があった、メダルを取らなければ終われない。
ズキン、ズキンと疼くような肩の痛みを感じながら彼は「笠松昭宏」として生まれた自分の運命と向き合っていた。