フィギュアスケート、氷上の華BACK NUMBER
怪我から復帰直後の平昌五輪で──。
羽生結弦が見せた「王様のジャンプ」
text by
田村明子Akiko Tamura
photograph byJMPA
posted2020/05/04 19:00
報道陣が固唾を呑んで見守る中、平昌五輪の公式練習で3アクセルを決めた羽生結弦。それは王者の“復帰宣言”だった。
全員が、その瞬間息を止めた。
これでは羽生がどこまで回復しているのか、計りようがない。本当に、試合に出られる状態まで戻ってきているのか。食い入るように羽生を見つめる関係者たちの張り詰めた緊張感で、リンクの冷たい空気が一層冷たく感じられた。
その瞬間、羽生がポン、と3アクセルを跳んだ。
まるでこの3カ月のブランクなどなかったかのような、軽々としたジャンプ。筆者を含め、会場にいた全員が、その瞬間息を止めた。
羽生は子供の頃、恩師の都築章一郎コーチに「アクセルは王様のジャンプ」と言われて、3アクセルに何よりも練習の時間を費やしてきたという。「どんな体勢でも、大概跳べます」と形容したこともある。
もちろん、5種類もの4回転ジャンプが試合で跳ばれるようになった現在、3アクセルはもう「王様のジャンプ」ではなくなったのかもしれない。
だがあの3アクセルは、羽生結弦が世界に発信した「復帰宣言」に見えた。
「最後の最後に支えてくれたのは、3アクセル」
羽生結弦がオリンピック2連覇を果たした翌日、ジャパンハウスで行われたメダリスト会見で、彼は満ち足りた穏やかな表情でこう口にした。
「自分にとって、最後の最後に支えてくれたのは、3アクセルだった」
新著『翼を羽ばたかせて 世界のトップスケーター12人がつむぐ氷上ものがたり』(双葉社)にも詳しく書いたが、現在の羽生が競技活動を続けていくモチベーションの1つは、4アクセルを試合で成功させることだ。その理由を平昌の会見で説明していたときに、出た言葉だった。
フリーで羽生は、4サルコウを2度、4トウループを一度きれいに成功させた。二度目の4トウループでステップアウトした直後、3アクセル+1ループ(現在オイラーと改名)+3サルコウで、立ち直りを見せた。