フィギュアスケート、氷上の華BACK NUMBER
怪我から復帰直後の平昌五輪で──。
羽生結弦が見せた「王様のジャンプ」
text by
田村明子Akiko Tamura
photograph byJMPA
posted2020/05/04 19:00
報道陣が固唾を呑んで見守る中、平昌五輪の公式練習で3アクセルを決めた羽生結弦。それは王者の“復帰宣言”だった。
五輪では何が起こるかわからない。
2006年トリノオリンピックでは、ミシェル・クワンが現地入りしてから欠場発表の記者会見をした。
2014年ソチオリンピックでは、皇帝エフゲニー・プルシェンコがロシアに団体戦の金メダルをもたらした後に、負傷のため個人戦を棄権する事態になっている。
最後の最後まで、何が起きるのかわからない。
白状すれば当時、筆者は毎日朝起きてメールをチェックするのが恐ろしかった。「羽生、平昌オリンピックを断念」というプレスリリースが入って来てはいないかと、心臓がドキドキした。
記者たちの間に緊張感が漂う。
だが懸念したような発表はないまま、2月11日に羽生が無事に韓国入りを果たした。
そしてその翌日、江陵の練習リンクに姿を現したのだった。一般客は入場できないこのリンクのわずかな観客席は、当然のことながら世界中の報道関係者でびっしりと埋まっていた。
16台も並んだテレビカメラの前で、羽生は氷の上に降りた。
ちょっとかがんで氷にタッチしてから、羽生はゆっくりと氷の上に大きな円を描いていった。足元を確かめるように、時間をかけて丁寧にエッジでパターンを描き続けた。
身体が温まってきた羽生がジャンプに入る姿勢になるたびに、記者たちの間に緊張感が漂い、ペンを持つ手に力が入る。
1回転トウループ、ワルツジャンプ、1回転ループ。
氷の上に出るのが待ちきれないようにして、出だしから勢いよくポンポンとジャンプを見せてきた以前の羽生とは、別人だった。