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メダルや優勝だけがナンバーワンか。
レスリング太田章の生き方と銀2つ。
posted2020/04/13 07:00
text by
藤島大Dai Fujishima
photograph by
Kyodo News
本当に偉いのは誰だ? 古くて新しいスポーツの命題である。
東京都内某所の酒場内に「庶民栄誉賞選考委員会」なる秘密結社がある。恥ずかしながら理事を務めている。内閣総理大臣表彰の「国民栄誉賞」にスポーツ関係者が浴するたび招集はかかる。会員は4名。「自分のために生きるのに精一杯だが周囲に迷惑はかけない」という入会条件を満たした者のみで構成される。
アイルランドのビールをやっつけながらの議論が白熱したのは8年前だ。
女子レスリングの吉田沙保里が国民栄誉賞を授与された。そのとき「五輪を含む世界選手権13連覇」。もとより強い反対はなかったのだが、かつて大学の男子レスリング部員であった表面処理機械会社の社員より「付帯意見」が提出される。
「レスリングであれば男子フリースタイル90kg級の太田章を忘れてはならない」
手帳の営業を天職とする印刷会社社員がすかさず「金メダルではないはずだが。男子でも金を獲得した選手はいる」と軽微な疑義をはさんだ。元レスリング部はこう反論した。
「日本が痛恨のボイコットをしたモスクワ五輪の幻の代表。次のロスアンゼルス大会では銀メダルを獲得するも、ソ連など東側諸国の報復不参加のおかげと低く評価され、いったんは現役を退きながら、ならばと奮起、東西主要国のそろったソウル大会でも銀メダル。この歩みが泣ける」
そして決定的な一言を。
「よくぞ東アジア人の骨格で五輪伝統格闘技重量級の決勝まで」
一同、異議なし。その場で「庶民栄誉賞」に決まった。
勲章への価値はわからない。
冒頭の命題。女子サッカーのワールドカップ優勝と男子のそれの16強進出はどちらが偉いのか。男子レスリングの重量級の2回連続の銀メダルは、軽量級の金、あるいは女子の無数のような金メダルと比べていかなる価値を有するのか。
わからない。それで構わない。そしてスポーツのファンは「自分だけのナンバーワン」に心のメダルを授ける権利がある。太田章も対象である。