萩野に、ジュニアへの質問は無かった。

　4年前には立場が逆だった瀬戸と萩野のコントラストという意味ではもうひとつあった。

　このコナミオープンという大会は、小・中学生、いわゆるジュニア世代の選手も参加しており、子供たちが憧れのオリンピアンと同じ水で泳ぐことができ、間近で見て、触れ合うことができるのだ。

　瀬戸や女子のエースといわれる大橋悠依ら東京オリンピック候補の選手たちは泳いだあとのインタビューで「この大会にはジュニア選手も参加していますが、そういう子供たちへ」とコメントを求められていた。

　瀬戸は幾度となくそう質問をされ、その度にしっかりと「ジュニアの子供たちの視線は感じます。僕も小さい頃はそうでしたし、彼らの良い目標になれるようしっかりやりたいです」と答え、インタビュー終わりの彼を待ち受けている少年少女たちに握手やサインなどで応じていた。

　ただ萩野に対しては主催者、テレビ局側の配慮からかジュニアについての質問は飛ばなかった。萩野を待ち構えている少年少女もまばらで、子供たちの方もどこかためらいがちだった。

　大会中、ある小学3年生くらいの男の子が萩野を待っていた。おそらくその子はジャンパーにサインをして欲しかったのだが、まだレースを控えていた萩野は自身の状況も考慮してか「ごめんな……」と申し訳なさそうに、それを断っていた。

　子供たちの目に瀬戸と萩野はどう映っていたのだろうか。

東京五輪の派遣標準記録にもとどかず。

　最終日となった大会2日目、萩野は200m個人メドレーに臨んだ。彼が東京オリンピックに出るためには、もうこの種目にかけるしかないのではないか。そういう空気の中でのレースだった。

　結果は自身の持つ日本記録から4秒以上遅れての2位。東京オリンピックの派遣標準記録にもとどかなかった。惨敗から惜敗。いずれにしても萩野はまた負けたのだ。

　だが、この日の彼は前の日とは見違えるようにスッキリとした顔で約束の場所にやってきた。

「タイムは遅いですけど、これが今の僕なので。今日はこの一本に集中して泳ぐことができたので。こう言うと怒られてしまいそうですが、この時期に何を言っているんだと言われてしまいそうですが、望む結果ではなかったけど、一水泳選手としてやれたのかなと思います」

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