One story of the fieldBACK NUMBER
東京五輪がけっぷちの萩野公介が
惨敗と惜敗のあいだで見つけたもの。
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byKyodo News
posted2020/02/17 20:00
胸板が赤く染まっていた萩野公介。4月の日本選手権では、最後の東京五輪代表選考が待っている。
「『お前たちは一体、何と戦っているんだ』と」
この大会前、日本代表の平井伯昌ヘッドコーチが厳しい表情で問いかけたという。
「ミーティングで先生から『お前たちは一体、何と戦っているんだ』と厳しく言われてまして。僕自身、ひとつひとつ泳ぎを突きつめていくということではなく、それ以外のものと戦ってしまっていたような感じだったので。昨日の夜はそういう気持ちを思い出していました」
泳ぐたび電光掲示板に映されるあの頃の自分のタイムと戦うのか。
隣のレーンに並ぶ選手たちと戦うのか。
それとも今の自分と戦うのか。
惨敗のあとプールサイドで1時間、ぼんやりと佇みながら萩野が考えていたのはそういうことだったらしい。
真っ赤になるほど胸板を叩き続けた金メダリスト。
最終日もやはり萩野にはジュニア世代についての質問は飛ばず、決勝のあと彼を待っている子供たちもいなかった。ただ客席からじっと萩野を見つめている子が3人いた。
その光景に、こう思わずにいられなかった。
おい、君たち。余計なお世話かもしれないけど、何を言っているのか意味がわからないかもしれないけど、彼をこそよく見ておくんだ。
人の評価なんて絶えず高値と安値をいったりきたりして、あきれるほど勝者と敗者はひっくり返って、そのたび明と暗はパックリ割れるんだ。オリンピックに出たって金メダルを取ったって、そこで時計は止まってくれないんだ。
だから、かつての金メダリストが「人生のために」「今日一日のために」と肌が真っ赤に染まるほどバチバチと己の胸板を叩き、少しでも筋肉を刺激して、少しでも前に進もうとする姿を見ておくんだ。