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孤高を突き詰めたスーパースター、
コービーの人間味あふれる素顔。

posted2020/02/03 11:30

 
孤高を突き詰めたスーパースター、コービーの人間味あふれる素顔。<Number Web> photograph by Getty Images

筆者が最後にコービーを見かけたのは、昨年12月29日に行われたレイカーズvs.マーベリックス。娘のジアナともに訪れていた。

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宮地陽子

宮地陽子Yoko Miyaji

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 そのニュースは、見るでもなくつけていたテレビから聞こえてきた。

「NBAのレジェンドが亡くなりました」

 そう聞いても、年配のスーパースターが亡くなったのだろうかと思っていた。しかし、続けて聞こえてきた言葉は、耳に入ってきても、頭では理解できないような、信じがたい内容だった。

「元ロサンゼルス・レイカーズのレジェンド、コービー・ブライアントがヘリコプターの事故で亡くなりました」

 1月26日、日曜の朝、コービーは、次女のジアナや、彼女のチームメイトとその家族、そしてアシスタントコーチと共に、ジアナのバスケットボールの試合に向かうところだった。

 ヘリコプターは現役のときから、コービーが頻繁に使っていた移動手段だ。彼にとっては、私たちが車を運転して移動するのと同じぐらい日常のことだった。

 ロサンゼルスのフリーウェイの渋滞の中で時間を過ごすより、その分、家族と過ごす時間を増やしたいと考えて使うようになったヘリコプターで、その家族とのその時間を絶たれてしまったのだから、まさに悲劇だ。

鼻っ柱が強く自信家、プレーも粗削り。

 ライターとしてコービーに興味を持ち始めたのは、思い返せば今から24年近く前、彼が18歳のルーキーだったときだった。

 鼻っ柱が強く自信家で、恐れを知らず、負けず嫌いな若者は、プレーはまだ粗削りだったけれど、だからこそ、成長が楽しみな選手だった。どれだけ失敗しても、まわりからどれだけ批判されても心折れることなく、むしろ、それをエネルギーとして、さらに成長する逞しさを持っていた。

 それから20年のコービーの選手キャリアは決してすべてが順調とは言えなかったが、それでも常に上を目指し、常に成長し続けていた。NBA優勝も、MVP受賞も、オリンピック金メダルもすべて手にいれ、NBA史上に名前を刻む選手となった。

【次ページ】 試合中にジョーダンへ質問。

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コービー・ブライアント
ロサンゼルス・レイカーズ

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