1年前、吉永は期待感を抱いていた。

　社会人3年目にもなると、それまで「高校時代に戻りたい」と切望しながら観ていた動画も、モチベーションを高める材料へと、その用途にも変化が生まれた。

　智辯和歌山戦と奪三振集。動画の内容は同じである。でも、見え方がまるで違った。

「大学までは主観的だったと思うんです。だから、間違った見方をしちゃっていたのかもしれないというか。社会人になってからは、いい時の高校時代と今の自分を見比べながら『悪い原因はどこだろう』とか、客観的に観て、考えられるようになりました」

　やがて、動画を観る機会も減ってきた。それは、吉永が心身ともに安定している証拠であり、過去との決別も意味していた。

　抱いていたのは悲壮感ではなく期待感。吉永は明るい未来を確かめるように言った。

「高校時代の自分を超えられるような気がしているんです。今の居場所で頑張って、また全国の舞台で活躍できるように。それが大きな目標ですね」

　これが、'18年の話である。

吉永は有言実行を果たそうとしていた。

　約1年後の'19年12月。

　吉永が現役生活にひと区切りをつけたことを、インターネットで知った。

　全国のマウンドに立つ目標は叶わなかったとはいえ、吉永は今年、実戦登板を積んだ。有言実行を果たそうとしたのである。

　多くの選手が伸び盛りの20代前半。吉永は精神的にタフな時間を過ごした。そして、26歳で決断を下した。

　甲子園優勝投手。その後の低迷。栄枯盛衰が彼の歩みを色濃くした。

　彼はきっと、自分の野球をやり切ったはずだ。それだけでも、十分に価値がある。

　そして野球ファンは、吉永健太朗という投手がいたことを記憶に刻む。