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本田真凜が米国で迎えた変化の兆し。
「まだ、うれしかったことはない」
posted2019/10/24 18:00
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph by
Nobuaki Tanaka
いったい何個の「!」が並んだだろう。
10月6日、フィギュアスケートのグランプリシリーズ開幕へ向けて行なわれた記者会見。本田真凜が今シーズンのテーマを記したボードを掲げると、そこには「頑張る」の後に十数のエクスクラメーションマークが記されていた。
「何個書いたか分からないですけど」
かすかに笑みを浮かべた本田は、言葉を続けた。
「自分の頑張りたい気持ちと、頑張らないといけないことの多さを表しました」
それは決意の表明であり、変化を物語っていた。
高2の昨季から米国に渡ったが。
2016年の世界ジュニア選手権では中学2年生で優勝を果たし、翌年の同大会ではアリーナ・ザギトワに次ぐ2位。ノービス、ジュニアを通して国内外で活躍、将来を嘱望される存在となった本田にとって、大きな失意を味わうことになったのは2017年12月の全日本選手権だった。7位にとどまり、平昌五輪出場を逃した大会だ。
「自分が描いていたスケート人生とは今日で変わっていくなと思いますが、今はあまりスケートのことを考えられないけれど、考えていきたいと思います」
試合直後の言葉には、胸中が率直に表れていた。
高校2年生になった昨シーズン、アメリカに拠点を移し、ラファエル・アルトゥニアンコーチの指導を仰ぐようになった。
ただ、心機一転、というわけにはいかなかった。