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ジョコビッチよ、俺と練習してくれ!
有明で叶った嘘のようなホントの話。
text by
雨宮圭吾Keigo Amemiya
photograph byIori Yoshida
posted2019/10/20 20:00
ジョコビッチ(右)と2ショットに収まる吉田伊織。世界No.1プレーヤーと夢のような時間を過ごした。
「俺のお肉はデカイぞ」
この日のジョコビッチはセンターコートの第3試合で添田豪と対戦することになっていた。ところが第1試合、第2試合がいずれも接戦となり、ジョコビッチの試合が終わるころにはすっかり日が暮れていた。
「ずっと待機はしていたけど、今日はもう無理だなと思っていました」
そこで待望の連絡が届いたのである。
照明に照らされた練習コート。7ポイント先取のタイブレークを行い、吉田は5-7で敗れた。ジョコビッチは大して走りもせず、全力でラケットを振ることもしていない。対戦した吉田が「15%ぐらいしか出していなかったんじゃないか」と感じるようなプレーだった。それでも強かった。
だが、内容云々はこの際問題ではない。対戦後、吉田はTシャツをめくってお腹に書いておいたセルビア語のメッセージを見せた。それを見てジョコビッチは大爆笑した。
「セルビアにチェバピっていう料理があるんですけど、『俺のお肉はデカいぞ』みたいな、ちょっと下ネタを書いてたんです。セルビア人ってそういう風に言うんですよ。『俺のチェバピは強いから心も強いぞ』って。ジョコビッチ選手は理解してくれると思って書いたら、案の定爆笑してくれたんでよかったです」
ジョコビッチのインスタに乗った男。
この特別練習の様子はツアーの公式サイトにも掲載され、セルビアのメディアもニュースに取り上げた。吉田の下には、セルビアの知人からも次々に連絡があったという。そしてジョコビッチは自らのインスタグラムに吉田とのツーショット写真とともに長文のメッセージをつづった。
「今日はこの男に本当に楽しませてもらった」
「世界中でたくさんの人に会ってきたが、こんなに情熱的で熱烈な人間はいなかったかもしれない」
「とにかくたくさん笑わせてもらったよ」
夢の対戦から4日後、吉田は決勝戦を観戦しに行った。
「ジョコビッチ選手の陣営にあいさつに行って、ありがとうと伝えました。優勝したジョコビッチがコートから出ていくときに、スタンドから『Nole!Nole!』と呼びかけたんですけど、その時は反応してくれなかった。だから、そこであらためてジョコビッチ選手とコラボできたのってあり得ないことだったんだと実感しました。それぐらい難しいことだったんだなと」
世界最高の壁であるジョコビッチは、日本のファンの期待に応えて大会初出場初優勝を飾っただけでなく、彼からすればどこの馬の骨とも分からないプレーヤーの要求まで受け止め、想像以上の“リターン”を返し、日本を離れていった。