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スコットランド戦の「ありがとう」は
街を、命を守ったスタジアムにも。
text by

金子達仁Tatsuhito Kaneko
photograph byNaoya Sanuki
posted2019/10/15 20:30

スコットランド戦のキックオフ前、台風による犠牲者へ黙祷が捧げられた。
街を、命をも守ったスタジアム。
いろいろなところで書いてきたが、わたしは、横浜国際総合競技場というスタジアムが好きではない。最高なのは芝生のコンディションだけで、フットボールを観戦する器としては、日本で最悪の部類に入るとまで思っている。それはきっと、このスタジアムが陸上トラックを取り払い、専用競技場へと姿を変えるまで変わらない。
だが、このスタジアムは今回、人々の財産を、ひょっとしたら命をも守った。
ツイッターでこんな言葉を見つけた。
『ついに新横浜公園が本気を出した!日産スタジアム周辺が大きな遊水池となって、水位を下げてくれるのだ!頑張れ!』
『現在の鶴見川 これ日産スタジアムが無かったらと思うと怖いよね』
『日産スタジアムお疲れ様でした。鶴見川の水位が下がり、新横浜公園とスタジアムへの流入が止まりました』
『新横浜公園が遊水池になってくれたおかげで鶴見川沿いの住人が守られた……! 本当にありがとうー!』
たかがスポーツ。たかがスタジアム。だが、およそサッカーやラグビーを観戦するにふさわしいとは思えないこのスタジアムとその一帯は、今回のような非常事態に陥った場合、84ヘクタールもの巨大な人工池となり、溢れそうになる鶴見川の水をため込む役割を担っていた。
何事もなかったかのように行われた。
『日産スタジアムは、実に千本以上の柱の上に乗る形で建設されており、洪水時にはスタジアムの下に水を流しこむ仕組みになっています。新横浜公園自体が、洪水から街を守るための安全・安心の装置なのです』(出典・新横浜公園の多目的遊水地機能/社会貢献活動/日産スタジアム)
スタジアムは街を守り、組織委員会などのスタッフはスタジアムを守った。スタジアムを防災の柱に据えるという考えを打ち出した人がいて、それを認可した自治体と省庁があり、 難しい工事に取り組んだ建築会社があり、試合を予定通り行なうために徹夜で駆けずり回った人たちがいて──。
何事もなかったかのように、試合は行なわれた。
それがどれほど途方もないことなのか、日本の選手の中には知っていた者、知らされていた者がいたのではないだろうか。
そうとしか、思えない。