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早稲田実業、平成最後に花園へ。
中心は大学ラグビー部の二世たち。

posted2018/12/27 17:30

 
早稲田実業、平成最後に花園へ。中心は大学ラグビー部の二世たち。<Number Web> photograph by Kyodo News

文字通り早稲田大学ラグビー部の血を色濃く引いた早稲田実業のラグビー部が、平成最後に花園に登場した。

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生島淳

生島淳Jun Ikushima

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Kyodo News

 早稲田実業が全国大会に出場するのは82年ぶりのことだ。当時は会場が別だったため、高校ラグビーの聖地「花園」への登場は初めてのこととなる。

 82年前といえば1936年。元号ならば昭和11年で、日本のプロ野球が誕生し、ベルリン・オリンピックが開かれた。また、立川談志、長嶋茂雄、そして毒蝮三太夫が生まれたのもこの年のことである。

 檜舞台から遠く離れながらも、平成最後の花園出場の原動力となったのは、ひとりのヘッドコーチの就任である。

 2011年から3シーズンは早稲田大学のジュニアコーチとして指導経験を積み、2014年からは母校でもある早実の現場に立った大谷寛ヘッドコーチは、5シーズン目で花園切符を手にした。彼は勤務先のJスポーツではラグビー中継のプロデュースも担当しており、年末は大忙し。そのなかで初出場の準備を進めている。

試験中の1週間は練習しない。

「なにしろ初めてのことばかりで、時間がいくらあっても足りません。相手の情報が少ないのはもちろんのこと、花園での宿舎の準備、練習場所の確保、インフルエンザ対策、開会式の寒さ対策はどうするか……。考えることばかりです。しかも、11月下旬には試験があって、試験前1週間、試験中の1週間は練習が出来なくなるのは、正直、弱りました」

 全国大会出場を決めても、試験前の練習に例外は許されないという。

「ただ、シーズンが延びたことで、選手たちは格段の成長を遂げています。これまでも『あと1カ月あったら選手たちはもっと伸びるだろうな』と想像していましたが、実際に指導してみると、この1カ月の差は大きいですね。

 ここからは早実にとって未知の領域への挑戦ですが、チームが波に乗れば、私の想像を超える成長を見せてくれるかもしれません」

【次ページ】 早大OBの二世選手がチームの中核。

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