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井上尚弥「見切ってしまえば……」
ドネア戦を前に、異例の公開練習。
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byToshiya Kondo
posted2019/09/18 12:00
井上尚弥が公開練習で見せたのは、ドネア戦に向けて着実にチューンアップされたモンスターの姿だった。
「尚弥はまったく天狗にならない」
5月に試合を終え、7月に本格的なトレーニングを再開した時点で、既に体は引き締まり、試合前のような動きのキレを見せていた。思い出したのは、自らも元世界王者である大橋秀行会長の話である。
「普通は世界チャンピオンになったら、どんな選手だって多かれ、少なかれ、天狗になるもの。川嶋勝重、八重樫東ですら、少しは感じましたよ。それが尚弥にはまったく感じられない」
大橋ジムで井上の先輩にあたる世界チャンピオン、川嶋と八重樫は謙虚な性格で知られるのだが、それでもチヤホヤされれば、チャンピオンになる前とまったく同じでいるのは難しいということだ。
そうした状況にあっても、井上は平常心を保ってトレーニングに打ち込み続けている。父の真吾トレーナーの教えが大きいのだろう。
「見切ってしまえば、自分のボクシングが」
話を公開練習に戻そう。8月にスパーリングを開始してから、井上が常に心掛けているテーマは「距離を大事にすること」だ。
初回TKO勝利を2試合続け、前回は2回TKO勝ちだから、周囲は今回も目の覚めるようなKO勝利を期待している。しかしだからこそ井上は兜の緒を締めるのだ。
一発の強さから“フィリピーノ・フラッシュ”の異名を持つドネアのパンチを警戒し、まずはディフェンスの意識を体にしみこませようとするところに、このボクサーの強さを感じずにはいられない。
「ドネアは一発があるので、そこだけは気を付けたい。だからまずはディフェンス重視です。序盤を気を付けないと、一発で試合はひっくり返りますから」
そしてさりげなくこうも言うのだ。
「見切ってしまえば、自分のボクシングができるんで」