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2006年オフ、イチローが王監督に
どうしても訊いておきたかったこと。
text by
石田雄太Yuta Ishida
photograph byNaoya Sanuki
posted2019/08/30 11:30
2006年、第1回WBCを制した王監督は、優勝セレモニーでイチローの腕を持ち、高々と天に掲げた。
渡米直前に駆け上がった114段の階段。
「いつからだろう……もちろん、今でもブレない自分が完全にできあがっているわけではありません。ただ、その時々に感じているものの中から、おかしいと感じたものを削除することを繰り返してきただけなんです。その意識は徐々に強くなってきているとは思いますが、『他人に厳しく、自分に甘く』、これが僕のモットーですから(笑)」
そんなはずはあるまい。
他人にも厳しく、自分にも厳しく─そうでなければプレイヤーとしてあれほどの数字を残せるはずがない。イチローの日常からは自分に厳しい姿も垣間見えてくる。
7年目のシーズンを控え、渡米直前のイチローは、神戸のスカイマークスタジアムの脇にある114段の階段を駆け上がっていた。
「このトレーニングを始めたのは、メジャー1年目のオフからです。まず坂を登って、それから階段を上るんです。最初の5本は一段ずつ、6本目からは一段飛ばしで10本から15本。あのトレーニングをやってから技術的な練習をやっても体が持たないし、身につかない。
だけど、技術練習をしない日にあの階段上りを取り入れたら効果的なんじゃないかなと思って、週に一回のペースで始めたんです。すると、すごく気持ちがいい。トレーニングそのものは僕が唯一行う苦しい練習ですが、これをやるとトレーニングとしてのバランスもよくなるし、体力を測るバロメーターにもなります」
「限界を知ることが大切なんだ」
この階段上りは古典的ではあるが、かなりキツいトレーニングである。始めた当初は友人と3、4人で上っていたのだが、なぜかこの階段上りに挑戦しようという仲間が増え続け、多いときには10人を超えるようになった。彼らはイチローが行きつけの牛タン屋の客だったり、イチローと仕事上のつきあいがある仲間たちばかりだ。
「あの人たち、みんな、普通じゃないですよ(笑)。たぶん、サシで向き合ったら厄介な人たちばっかり。だけど、そういう人たちが周りにいてくれることは、すごく嬉しいことなんです。一筋縄ではいかない人たちと、みんなが同じように子どもみたいな気持ちになって、階段を上るんですよ。ああいう瞬間って、ホント、いいんですよね」
上り終えた階段の最上部、いつも決まった場所にしゃがみ込んで、イチローは苦しむ仲間を見下ろしながら「限界を知ることが大切なんだ」と檄を飛ばす。とはいえ、そこにはピリピリした雰囲気は感じられない。