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国学院久我山を導いた29歳青年監督。
“短い練習”を武器にした文武両道。

posted2019/07/29 12:10

 
国学院久我山を導いた29歳青年監督。“短い練習”を武器にした文武両道。<Number Web> photograph by Yu Takagi

28年ぶりの夏の甲子園の切符を手にした国学院久我山。中澤直之主将(右)と喜ぶ尾崎直輝監督。

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高木遊

高木遊Yu Takagi

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 7月28日に行われた高校野球西東京大会決勝で、国学院久我山が創価を4対2で破り28年ぶり3回目となる夏の甲子園出場を決めた。

 就任6年目を迎える29歳尾崎直輝監督の「部員たちとともに考え、行動する姿勢」が実を結ぶ形となった。

「勉強も部活も真剣に打ち込める学校です」

 尾崎監督は、自らの母校でもある国学院久我山の良さを常々、そう語る。

 偏差値71の伝統ある私学の名門校ではスポーツ推薦はあるものの、高い学力を求められ、練習時間は平日・土日ともに3時間以内と定められている。その中でも部活動は盛んで、日本一の経験もあるラグビー部、2016年冬に全国高校サッカー選手権で準優勝したサッカー部、さらに陸上競技部やバスケットボール部も度々全国大会に出場している、まさに文武両道校だ。

練習場所はサッカー部と併用。

 一方、野球部は甲子園に春3回、夏2回と過去5回出場してきたが、直近では松田進(ロッテ内野手)を擁した2011年春以来、夏は井口資仁(ロッテ監督)を擁した1991年以来、遠ざかっていた。

 環境面でもサッカー部と同じグラウンドを使用し、火曜日~金曜日は全面を使うことはできない。そんな環境下でも尾崎監督は「“できない理由”にするのではなく、“だからこそできる”と思っています」と言い訳はしない。

 少ない練習時間も「(勉強の時間も十分に取れ)将来の選択肢を増やすことができます」と、それをむしろ強みと捉えており、現在東大や慶大に進み東京六大学野球でプレーする選手も輩出してきた。

 尾崎監督が就任したのは23歳だった2013年の8月。

 高校時代は肩と腰の怪我により2年途中からは「主務兼学生コーチのような形」で裏方としてチームを支えた。進学した国学院大では谷内亮太(日本ハム)と同期だったが、野球部には入らず、そのまま継続して高校でコーチを務めた。そして、教員として採用された年の新チームから率いることとなった。

【次ページ】 “壁”を自ら打ち破った若手監督。

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