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がんに襲われた大学生ラガーマン。
わずか1年で克服し、プロの道に。
text by
多羅正崇Masataka Tara
photograph byMasataka Tara
posted2019/05/13 10:30
トップリーグ昇格を果たした三菱重工相模原ダイナボアーズの一員として、新シーズンに挑む田中伸弥。
「歩き」から始まった選手復帰。
しかし田中にとっての治療の終わりは、選手復帰という険しい道のりの始まりだった。
治療終了を告げられたその週から運動を始めた。追いつかなければならない。両親に治療費を返そうとピザ配達のアルバイトをしながら、母校・近畿大のグラウンドに通った。
「普通の人以下だったので、とりあえず歩きからやりました。やってはいけないんですけど、やらなきゃいけないと思って、軽い重りでアームカールをしたり」
近畿大の1km走に参加した。チーム最下位のプロップ選手よりも1分以上遅れてゴールした。それでも悪戦苦闘しながら復帰を目指す、そんな田中に朗報が届く。
'17年に内定をもらっていた三菱重工相模原が、'18年度の入替戦に勝利し、12シーズンぶりにトップリーグ昇格を決めた。そして'19年1月、あらためて正式採用の知らせを受けたのだ。
雇用形態はいわゆるプロ選手。本来は会社の寮に入れないが、いま田中は社員選手と暮らす。いつでもサポートできるようにとの配慮だ。
「(三菱重工相模原は)信じられるというか、ついていきたいと思っています。これから徐々に貢献して恩返しをしたいです」
「待っている人がたくさんいる」
4月下旬現在、田中はコンタクトプレーを控えている。がんの影響ではなく、手術で開いた胸骨がまだつながっていないためだ。
ただ体重はベストの96kgに迫る92kgまで戻ってきた。定期的に投与する薬などはなく、3カ月に1度、大阪に戻って血液検査をすればよい。
試合復帰の舞台として見据えているのは、ワールドカップ日本大会後に開幕するトップリーグ2019-2020シーズンだ。
春のセンバツ初優勝、花園ベスト4を共に達成した大阪桐蔭高の同期にはトップリーガーも多い。対戦も楽しみだが、田中のモチベーションは少し違う。
助けてくれた人たち。待ってくれている人たち。そして、苦しんでいる人たちに伝えたい。
「『自分が出たい』というよりも、『見せたい』というか。これだけ治ってやったぞと。(トップリーグは)家族、友達、病気で困っている人、怪我をして困っている人に『治ったで』というのを1番見せられる場所だと思うので。待っている人がたくさんいるので、その人たちのために、今やるべきことをやっていきたいです」
長いトンネルの先には感謝に溢れた自分がいた。楕円球と共にある喜びを噛み締めながら、1歩ずつ歩んでいる。