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<ゆかりの3人が語る>私と本田圭佑。~ネルシーニョ、ハイ・ベルデン、カルロス・バッカ~ 

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沢田啓明/中田徹/豊福晋

沢田啓明/中田徹/豊福晋Hiroaki Sawada / Toru Nakata / Shin Toyofuku

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posted2018/03/24 06:00

<ゆかりの3人が語る>私と本田圭佑。~ネルシーニョ、ハイ・ベルデン、カルロス・バッカ~<Number Web> photograph by Getty Images
初めてプロ選手となった名古屋、海外での一歩を踏み出したVVV、ビッグクラブの一員となったミラン。 いずれも本田のキャリアにおいて重要な意味を持つクラブである。 当時、監督や会長、選手として関わった3人だからこそわかる、ケイスケ・ホンダの本質とは?

ネルシーニョ(元名古屋グランパス監督) 「最も気に入ったのは彼の眼だ。ブラジル人のような貪欲さを感じた」

●1950年7月22日、ブラジル生まれ。'95年のV川崎で初めてJクラブを率い、'11年には柏でJ1制覇を果たす

 2003年秋、名古屋グランパスの練習に参加した17歳の本田圭佑(当時、星稜高2年)を見て惚れこみ、「すぐにでも欲しい」とクラブ首脳に伝えたのが、当時、チームを指揮していたネルシーニョである。67歳の名将が、若き日の本田の印象などについて語った。

 初めてケイスケ・ホンダを見たときの衝撃は、今でもよく覚えている。

 左足からのキックが素晴らしかった。パワーがあり、精度も高い。まるでロベルト・カルロスのようだった。日本の高校生としては身体がしっかりしており、体幹の強さを感じた。自分のプレーイメージを持っていて、次に何をするのか、何をしたいのかがわかっていた。

 優れた技術、高い身体能力、豊富なプレーのアイディア。それだけでも非凡だったが、私が最も気に入ったのは彼の眼だ。『プロになるだけでは満足しない。世界のトッププレーヤーになるんだ』という強い意志を宿していた。まるでブラジル選手のような、ロマーリオ、ロナウド、ネイマールらと共通する貪欲さを感じた。

 技術、フィジカル、メンタルのすべての点で、同年代の日本人選手とは全く違うレベルにあった。だからこそ、クラブの強化責任者に「すぐに獲得しないと他のクラブに取られる」と伝えて獲得オファーを出させたのだ(ただし、本田はすぐにプロ入りはせず、名古屋の特別指定選手となった)。

 もちろん、課題もあった。おそらく高校のチームでは彼が〝王様〟で、足元にボールを受け、パスを散らす役割だったのだろう。スペースへ走り込んでパスを受けたり、自ら強引にゴールを狙う意識が乏しかった。これら修正すべき点は、本人にも伝えた。彼は私のアドバイスを素直に受け止め、自分なりに努力して克服しようとしていた。

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