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同姓同名の「田中大貴」と再会。
バスケ界勝負の2019年が始まる。
posted2019/01/09 10:00
text by
田中大貴Daiki Tanaka
photograph by
Getty Images
「初めまして、田中大貴と言います」
「初めまして、田中大貴と言います」
こんな挨拶で始まったインタビューでした。男子バスケットボール日本代表・田中大貴選手。ファーストコンタクトは彼が東海大学3年生の時でした。
2012年の冬、どこかあどけなさも残る、自分と同じ名前の大学生バスケットボーラーを目の前にして、不思議な感じがしました。
あれから6年が経ち、名前を目にしたときの不思議な感じはまだありますが、あの時と絶対的に違うのは彼の名前の前には常に「日本代表」という言葉が付くようになったことでした。
6年前、フジテレビでスポーツニュース番組のキャスターを担当していた僕は、インカレの優勝候補に「同じ名前の選手がいる」ということで番組が企画し、会いに行きました。
同姓同名が目の前にいる。しかも漢字も同じ。長年、スポーツキャスターを担当してきて初めての体験は不思議な感覚以外の何物でもありませんでした。
6年前は遠慮気味だったが。
このときの田中大貴選手はインタビューにも慣れておらず、とにかく謙虚に、どこか遠慮気味に話してくれました。
ただ、そのインタビュー中で唯一、強く主張していたのが「いつか日本を代表するような、五輪へ導けるような選手になりたい」という言葉でした。
あの時、自らの目標だけは明確に答える青年だったことを覚えています。
インタビューの後、「田中大貴君がいつか代表選手になって、日本のトッププレーヤーになって、もし僕がまだ伝え手の世界にいたら、もう一度、インタビューをさせて下さい」と伝えた僕に、「宜しくお願い致します」と言ってくれた彼。
そして、この冬、その言葉が実現しました。田中大貴は東海大のレギュラーの1人ではなく、日本代表、そしてBリーグファイナルのMVPプレーヤーとなっていました。