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修造が訊く! 吉田信一(パラ卓球)は
なぜ人生を「ラッキー」と言えるのか? 

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松岡修造

松岡修造Shuzo Matsuoka

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photograph byYuki Suenaga

posted2018/12/24 08:00

修造が訊く! 吉田信一(パラ卓球)はなぜ人生を「ラッキー」と言えるのか?<Number Web> photograph by Yuki Suenaga

写真左は、吉田信一選手を支えている小川真由美コーチ。東京パラリンピックでは、みんなの協力でメダルを狙う!

「(事故の瞬間は)全部憶えてます」

松岡「苦労をされたんですね……。そうそう、吉田さんについて書かれた資料を読むと、だいたいヤンキーだったと書いてある。荒れていたんですか」

吉田「いわゆる『族』ではないです。それに、シンナーもやってませんから」

松岡「それがフツーです!」

吉田「私、学級委員も務めてましたからね。さっきも話しましたが、担任とも仲が良かったし、クラスのみんなともうまくやっていて。文化祭や体育祭では一番まとまりのあるクラスでしたよ」

 吉田さんは、そんな生活の中で、自分の人生を変える、事故に遭ってしまう。

吉田「あの日は、翌日が始業式で、自分たちは3年生になる、というタイミングでした。邪魔な上級生もいなくなって、うちらの天下だと。それでまっすぐ帰って明日の学校の準備をしようと。

 真面目でしょ? でも、そこが運命の分かれ道でした。

 いつもなら友だちのところに寄るところを、信号が青に変わったからまっすぐ自分の家に向かったんです。ずっと青だったからスピードもそれなりに出ていたんですけど、4車線のうちの2車線を使ってインターチェンジに入ろうとしていた高級車のプレジデントが止まっていたんです。だから自分は空いている残りの2車線を使って追い抜こうとしたら、いきなりその車がバックしてきて、ドンと」

松岡「……そんなの、相手が100%悪いじゃないですか」

吉田「気持ち的には。でも、道路交通法上は私も走行していた、ということで、25%の前方不注意の過失は免れないと。そういう事故でした」

松岡「事故に遭ったときのことは憶えているんですか」

吉田「全部憶えてます。まず思ったのは、『これでバイクに乗っているのが学校にバレるなあ……』と。他にも免許を持った友だちがいるから、友だちに迷惑をかけちゃうなあ、って。

 あとは事故の瞬間、自分はうつ伏せになっていたんだけど、海老反りになっているような感覚があったんです。足が何かに引っかかっているから、足を降ろしてほしいと。でも、そこで『足はちゃんと降りてるよ』と言われたときに、なにか悪い予感はしました。

 医学知識もなかったですし、それまであまりコケたことはなかったんですが、あれ、ダメなところをやっちゃったのかなって。救急車で運ばれているときもずっと意識はあって、車内で言われたのが、背骨と肋骨、左足の一部が折れているかもしれないと。

 外傷は何もなくて、血も出てないし痛みもない。不思議な感覚で聞いてました」

【次ページ】 果物ナイフなどが無い病室。

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