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桐生、山縣も驚いた慶應大の1年生。
走り幅跳び・酒井由吾の「8m31」。
posted2018/06/21 16:30
text by
神津伸子Nobuko Kozu
photograph by
Nobuko Kozu
その時、日本最速の男、世界の桐生祥秀がつぶやいた。
「幅すご」
五輪メダリスト、山縣亮太もうなった。
「相模原で何が起こってるんや、笑笑」
いずれも、それぞれのツイッターで、ある競技と同時進行的につぶやいていた。
5月末とは思えない暑い4日間、神奈川県相模原市のギオンスタジアムで陸上の関東インカレが開催されていた。偉大なアスリートたちが注目していたのは、自らも走る短距離ではなかった。どちらかと言えば、陸上競技の中では地味な走り幅跳びだった。
追い風参考ながらとてつもない記録が飛び出し、1cmを競う熱い戦いが繰り広げられていた。
そして、戦いは今週末の山口県で開催される日本選手権でも再現されることになる。
関東インカレと言えば桐生、山縣をはじめ、五輪メダリストのケンブリッジ飛鳥、飯塚翔太らも活躍した大学陸上の檜舞台だ。
走り幅跳びは、メインスタンド近くのフィールドで競技が進んでいた。ときおり、トラック競技や他種目の表彰式で中断されながらも、選手たちは集中力を切らさない。
日本記録以上の数字が飛び交う。
昨年、1年生で優勝した日本大の橋岡優輝が3回目の跳躍で8m近くを跳び、順天堂大4年の川島鶴槙が8mを越えた。
すると4回目の跳躍で、慶應大のルーキー、酒井由吾がいきなり8m22を跳んでみせた。昨年優勝した橋岡の記録が8m04、日本記録が8m25なのでそれに迫る記録だ。場内のボルテージが一気に上がる。
桐生、山縣らが驚いていたのも、この頃だった。
負けじと今度は橋岡が、一気に8m30という数字をたたき出す。4mを超える追い風参考とはいえ、こんな記録が叩き出されるとは誰もが予想しなかった。両大学の応援団だけでなく、スタジアムを巻き込んだ盛り上がりに。しかし同時に、このとてつもない記録を見て「優勝は橋岡で決まりか」という空気も流れ始めていた。各自に残されたチャンスは2回。
酒井が助走を始めた。大きな声援が仲間から沸き起こる。跳んだ。計測に入る。普通なら、計測器を使ってすぐに記録が出るのに、この時はなぜか時間がかかった。じりじりと皆が記録を待つ。数分間の後に結果が表示され、どよめきと歓声が湧き上がった。「何だこいつ、まだ1年生だろう」そんな、うめき声も聞かれた。
8m31。
こちらも追い風参考ながら、橋岡の記録を1cm上回った。その後この記録を上回る選手は出ず、勝負は決した。前年王者の橋岡に勝った1年生のインパクトは、誰にも強烈だった。
酒井は、右手で握りこぶしを作り、高く高く掲げた。