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就活生に贈るジェフ町田也真人物語。
人生を変えたブライダル会社の面接。
posted2018/04/25 16:30
text by
杉園昌之Masayuki Sugizono
photograph by
J.LEAGUE
街でリクルートスーツの大学生を見ると、ふと昔の自分を思い出し、エールを送りたくなる。
「頑張れよ。あきらめるな」
昨季からジェフユナイテッド千葉の背番号10を背負う町田也真人(まちだ・やまと)も、一般企業の就職活動を経験した1人だ。
時代はリーマンショックの影響で就職氷河期と言われた頃だ。2010年、専修大学3年生の12月。親から譲り受けたノートパソコンを開き、リクルートの「リクナビ」など、複数の就職活動サイトに登録したことをよく覚えている。
当時、専修大は関東大学2部リーグから1部昇格を決めたばかり。町田はチームの主軸として活躍していたが、プロから注目されるような存在ではなかった。年代別日本代表の経験もなければ、大学の地域選抜に名を連ねたこともない。
「本気でJリーガーになりたいと思っていたけれど、イメージはまったくできなかった」
本当にサッカーで生きていけるのか――。大学4年生を迎える前に自問自答すると、不安に駆られた。サッカーだけに専念するという道は選べなかった。
履歴書の自己PR欄にはサッカー人生を。
周りの学生と同じように就職活動の準備を始めた。新百合ヶ丘の「洋服の青山」に出向き、黒のリクルートスーツを購入。髪も短く刈り込み、履歴書用の写真も撮影した。昼夜を問わずエントリーシートを作成し、30社近くに送付。履歴書の自己PR欄には、サッカーで培ってきたことを記した。
「中学校、高校、大学と1、2年生のときは試合にあまり出場できませんでしたが、3年生になると、必ず結果を残してきました。先が見えなくても自主練は欠かさず、きっと道が開けると信じて努力しました。御社に入っても、ひたむきに努力していきます」と。
志望した業界は、ブライダル関係と化粧品関係。サッカー部の尊敬する先輩から「お前には、その業界が向いていると思うよ」と言われたことがきっかけだった。翌年の1月、2月には会社説明会に何度も足を運び、業界について勉強をした。書類審査を通過すると、筆記試験をこなし、10社ほど面接を受けた。