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37歳、苦労人アスリートの五輪道。
エアリアル田原直哉へ心から賛辞を。

posted2018/02/21 07:00

 
37歳、苦労人アスリートの五輪道。エアリアル田原直哉へ心から賛辞を。<Number Web> photograph by Getty Images

平昌の凍てついた夜空に舞った田原の演技。その1本には、多くの支援者の気持ちがこもっていた。

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矢内由美子

矢内由美子Yumiko Yanai

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Getty Images

 反り返ったジャンプ台の陰から勢いよく飛び出した身体が、漆黒の夜空に吸い込まれていった。

 2月17日に行われたフリースタイルスキー男子エアリアル予選。25歳まで体操ナショナルチームの一員として五輪出場を目指していた37歳の苦労人アスリート・田原直哉(ミルキーウェイ)が選んだ技は「伸身後方3回宙返り4回ひねり」。

 元体操選手ならではの正確な空中姿勢と手堅いランディング(着地)で1本目の演技を成功させた田原は、ストップエリアでガッツポーズを見せた。

 ジャンプは雄大に決まったように見えた。だが、及第点が出ると期待したものの、点数は思いの外に伸びず、103.98点で17位。逆転を狙った2本目は踏み切りでミスをし、着地で背中をついた。出場25人中上位12人による決勝進出を狙ったがかなわずに、結果は予選落ち。田原の平昌五輪は幕を閉じた。

「ちょっと苦しいオリンピックに」

「悔しいですね。戦える準備はできていると思って入ってきたので。勝負なので悔しいのが一番ですね」

 開口一番そう言った田原は、顔をしかめていた。

 1本目の点数が辛かったのではないかと聞かれると、「採点競技なので言ってもしかたないですけど、でもちょっと辛すぎるかな。間違いかなと思いました」と歯がみした。一発の演技に乗せてきた思いの丈、その熱さゆえに、悔しさが膨らんだ。

「この舞台で勝負できたのは大きいですが、やっぱり勝たないと。そういう意味ではちょっと苦しいオリンピックになった」

 無念さがあふれた。

 異色の苦労人だ。温暖な和歌山で生まれ育ち、まずは体操で頭角を現わした。

 小2から入った和歌山オレンジ体操クラブで、後年、田中3兄弟(和仁、理恵、佑典)や白井健三(現日体大)を指導することになる水口晴雄コーチ(現鶴見ジュニア体操クラブ)から技の基礎を仕込まれた。

【次ページ】 「技の感覚では田原以上の子を見たことがない」

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