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“侍ファイター”田口良一。
ボクシング統一王者の知・勇・仁。
text by
安部龍太郎(直木賞作家)Ryutaro Abe
photograph byKyodo News
posted2018/02/05 10:30
WBA・IBFライトフライ級の世界統一戦は、まさに剣豪同士の戦いを思わせる、ギリギリの攻防が繰り広げられた。
謙虚で礼儀正しい青年……それが初対面の田口だった。
田口と知り合ったのは、懇意にしている西馬込の寿司屋だった。妻と2人で訪ねると、カウンターにスタイリッシュな青年がぽつんと1人で座っていた。
清潔感のある品のいい顔立ちと物静かな様子を見て、私はミュージシャンだろうと思った。それほど優しげな雰囲気だったからだが、マスターが「世界チャンピオンの田口良一だよ」と小声で教えてくれた。
失礼ながらこの時まで、私は田口を知らなかった。ボクシングについてもそれほど詳しくないし、近頃では王座認定団体も多く、階級も細かく分かれているので、フォローすることが出来ずにいたのである。
紹介されて言葉を交わしているうちに、なんと謙虚で礼儀正しい青年かと感心した。しかも我らが住む大田区に生まれ、子供たちを励ますために保育園に出かけていくこともあるという。
どんな強敵にもひるむことなく前へ前へと出る男。
その人柄に魅了され、2016年の大晦日におこなわれたタイトルマッチの応援に行った。相手はベネズエラのカルロス・カニサレス。この日の田口の調子はいまいちで、引き分けでかろうじて防衛をはたした。
つづいて2017年7月、コロンビアのロベルト・バレラ戦の応援に行った。この試合は会心の出来で、9回TKO勝ちを収めた。
驚くのは田口の精神力の強さである。どんな強敵にもひるむことなく前へ前へと出ていくし、窮地に追い込まれても弱気な表情を決して見せない。日頃とは別人のようなクールな目をして、相手の弱点に一撃を叩き込むチャンスを狙っている。
ボクシングスタイルも美しい。長いリーチを活かしたアウトボクシングも出来るし、素早く距離を詰めて撃ち込む左ボディは強烈である。無駄な動きがなく体の芯がぶれないフォームは、まるで剣の達人のようだ。
この強さはいったいどこまで磨き上げられるのか。多くのファンのそんな期待を背負って、田口はメリンドとの一戦にのぞんだのだった。