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“侍ファイター”田口良一。
ボクシング統一王者の知・勇・仁。

posted2018/02/05 10:30

 
“侍ファイター”田口良一。ボクシング統一王者の知・勇・仁。<Number Web> photograph by Kyodo News

WBA・IBFライトフライ級の世界統一戦は、まさに剣豪同士の戦いを思わせる、ギリギリの攻防が繰り広げられた。

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安部龍太郎(直木賞作家)

安部龍太郎(直木賞作家)Ryutaro Abe

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Kyodo News

 2017年の大晦日。私は大田区総合体育館のリングサイドの席で、田口良一選手の試合が始まるのを待っていた。

 ボクシングは恐ろしい。互いに鍛え上げたパンチを相手の弱点に叩き込むのだから、試合から受けるダメージは大きく、時には死に至る場合さえある。

 その真剣勝負の場に懇意にしている田口が立つと思うと、期待と不安と緊張に胸が締め付けられるようだった。

 世界戦7度目の防衛戦の相手はフィリピンのミラン・メリンド。IBF王者で39戦37勝の戦績を誇る。2017年の5月にはIBF王者だった八重樫東を1回TKO勝ちで下し、世界チャンピオンになった。

 田口はこの強敵との対戦を自ら希望し、WBA王者のベルトを賭けて王座統一戦にのぞむことにした。あえてリスクの高い道を選んだのは、この階級で自分が一番強いと証明するためだ。

 それは闘う男の究極の夢である。その一点に向かって自分を磨き上げてきた自信と誇りがあるのだろうが、負ければすべてを失う過酷な世界である。何もそこまでストイックに突き進まなくてもと、私は痛ましささえ覚えていたのだった。

少し青ざめて見えた、チャンピオンの顔。

 試合開始は刻々と迫ってくる。この日はTBSのゴールデンタイムで放送があり、私の席のすぐ横で爆笑問題の田中と太田、女子アナウンサーや解説者たちがスタンバイを始めた。

 やがて青コーナーの花道から、華やかな音楽とともにメリンドが登場した。鋭い目付きと褐色の肌をしたタフそうな選手で、強くて軟らかい筋肉を全身にまとったファイタータイプである。

 つづいて赤コーナーから田口がリングに上がった。緊張のせいか表情が固く、端正な顔が少し青ざめている。

(田口、頑張れ)

 私は緊張に汗ばむ手を握り締め、心の中で祈りにも似た声援を送った。

【次ページ】 謙虚で礼儀正しい青年……それが初対面の田口だった。

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