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イチローと代打の宝石たち。
大リーグで輝いた勝負師の数々。
posted2017/09/16 09:00
text by
芝山幹郎Mikio Shibayama
photograph by
AFLO
イチローの代打安打数が、今シーズン26本まで来た。大リーグの単年記録は、1995年にジョン・ヴァンダーウォル('91~'04)の打ち立てた年間28安打だ。残り19試合(9月11日現在)で、あと2本。代打に立つ機会が10回以上あれば、記録更新のチャンスは十分にある。
代打とはむずかしい仕事だ。ベンチでじっと控えながら、相手投手の球種や球質を見きわめ、自身の気力を高め、集中力を研ぎ澄ましていなければならない。もちろん、体調は試合前から整えておく必要がある。出番があるかどうかわからないのに、つねに臨戦態勢を保つのは容易な業ではないはずだ。忍耐力、観察力、瞬発力の3つを持ち合わせつつ、さまざまな不確定要素に対応する柔軟性も備えていなければならない。
では、過去の大リーグでは、どんなピンチヒッターが活躍したのだろうか。
代打だけで212本のヒットを積み重ねたハリス。
代打通算安打数の記録を保持しているのは、レニー・ハリス('88~'05)だ。ドジャース時代は複数のポジションをこなしていたので、小太りの体型を記憶している方は少なくないかもしれない。ナ・リーグ一筋(8球団を渡り歩いた)だった彼は、代打だけで212本のヒットを打った。ア・リーグの記録がゲイツ・ブラウンの107本だから、212本という数字は図抜けている。
ハリスは、レッズで大リーグにデビューした。当時の監督はピート・ローズだ。初めて代打を経験したとき、ローズはハリスに「おまえ、どんな球が来るかわかっていたか」と訊ねた。答えられなかったハリスは、雷に打たれたようなショックを覚えたという。
そうか、出番がないときも、ベンチに漫然と坐っているのではなく、相手投手が他の打者にどんな球を投げるのかをじっと観察していなければならないのか。球種や球質を見抜き、コースの衝き方や緩急の投げ分け方を把握して、自分の出番に備えなければならないのか。勝負は、打席に立つ前からはじまっているのだ。いち早くこの極意に気づいたハリスは、通算代打打数(804)でも史上最多だった。