スポーツ・インテリジェンス原論BACK NUMBER
勝者ガトリンに“He is a doper!”
ボルトが善なら、悪役とされた男。
posted2017/08/09 10:30
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph by
AFLO
それは異様な光景だった。
世界の注目を集めた男子100m。
誰もがウサイン・ボルトが勝ち、引退の花道をロンドンで飾ることを望んだ。彼が負けるなんて、「想定」にはなかった。
ただし、今季のボルトの走りを見ていれば、勝つことが簡単ではないことは想像がついた。大会前ベストタイムは9秒95。加えて得意とする200mに出場しないとなると、好調とは程遠いことが想像できる。
人間は、見たいものしか見ない。ロンドンの人々は、好みの「ストーリー」を用意して待っていた。
そこに闖入者が現れた。
ジャスティン・ガトリンだ(しかもこの日は裸の男性、「ストリーキング」がトラックに乱入していた)。
悪意の「ウサイン・ボルト! ウサイン・ボルト!」
100mのフィニッシュ・ラインを先頭で駆け抜け、ガトリンにしてみれば、長年、ターゲットとしてきたボルトに勝ち、人生最高の瞬間を迎えていたに違いない。
ガトリンはスタジアムのモニターで着順を確認し、自分が勝者だと分かると、人差し指を口に当て、「シーッ」という仕草をして、
「俺が世界を黙らせた」
と思えるポーズをとった。
その時、スタンドから湧いたのは盛大なブーイングだった。長年の夢がかなったガトリンには悪意が向けられ、ロンドン・スタジアムの観客は、
「ウサイン・ボルト! ウサイン・ボルト!」
と連呼し始めたのである。