酒の肴に野球の記録BACK NUMBER
ONと松井秀喜と、本塁打の飛距離。
昭和と平成では球場のサイズが……。
posted2017/07/10 08:00
text by
広尾晃Kou Hiroo
photograph by
Sports Graphic Number
昔話ばかりで恐縮だが、高校生のころ、土日に大阪球場へよく行った。週末でも満員になることは少なくて、すり鉢状の観客席でゆったりと試合を見たものだ。
野村克也が大好きで、声援を送った。
現在はお小言ばかり言うキャラクターだが、野村克也は南海ホークスの柱石とも頼む存在だった。
では、どんな選手だったか?
今にして思えば、「おかわりさん」こと中村剛也に似ていたと思うのだ。あまりやる気がなさそうに、のっそりと右打席に立つ。全身の力が抜けているように見えるが、「ここぞ」というときに左翼スタンドに打球を放り込んだ。柏原純一は「野村監督のスイングはめっぽう速かった」といっているが、客席からはタイミングを合わせてボールをバットにうまく乗せているように思えた。
昔は多かった、狭い球場ギリギリのホームラン。
打球は計ったように大阪球場の左翼スタンド最前列に落ちる。
大阪球場は公称両翼91.5m、中堅115.8mだったが「90mないんじゃないか?」という噂があった。野村の657本のなかには、おそらく100mあるかないかの本塁打が結構含まれていたのではないか。
大阪球場と言えば後年、河埜敬幸がバットの先端にひっかけて本人も“打ち損じた!”という顔をした当たりが、ふらふらと右翼スタンドに飛び込んだのを見たこともある。
ぬるいビールのような、味気ない一発だった。
狭い球場で、ぎりぎりにスタンドインするホームランをアメリカでは「チャイニーズホームラン」と言う。日本でも昔はそんな本塁打が多かったな、と思う。