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「僕がプロで成功する道を作る」
ケンブリッジ飛鳥が明かした真意。
text by
及川彩子Ayako Oikawa
photograph byShizuka Minami
posted2017/05/20 09:00
五輪4×100mリレー銀メダル獲得に続くインパクトがあるとすれば、日本人初の100m9秒台。ケンブリッジは射程圏内の1人だ。
「実業団というシステムを否定するつもりはないです」
「実業団というシステムを否定するつもりはありません。様々な支援も引退後の職も保証されています。でも世界のトップ選手を見ると、みんなプロ選手で自分の体一つで勝負しています。ギリギリの勝負になった時に、意識の部分で差が出るんじゃないのかなと思うんです」
リオ五輪の100m準決勝では、隣のレーンに入った9秒74の記録をもつジャスティン・ガトリンに煽られスタートで硬くなってしまい、10秒17で敗退。
「準決勝をやり直したい、もっとできたはずと何度も思いました。(4×100mリレーの)銀メダルはめっちゃうれしかったけれど、ウィニングランをしている時もふと100mのことが頭に浮かびました」
世界のトップと比べて自分に足りないものは何か。タイム的にまだ及ばないのは仕方がない。でも準決勝は、走る前に気持ちで負けていたと感じた。
「少なくとも気持ちの部分では同じ土俵に立たないといけないと思うんです。(気持ちで負けることが)9秒にいけない壁だったりするのかなと思うので」
厳しい環境に身を置き、追い込むことで世界トップに近づけるのではないか、それがケンブリッジの出した結論だった。
「プロとして走るのは勇気がいると思います。結果を求められる厳しい世界ですから。不安もありますが、それ以上に自分がどこまでやれるのか楽しみです」
ケンブリッジは2泊4日でニューヨークへ向かった。
11月上旬、ケンブリッジは代理人に会うため米国ニューヨークにいた。
これまでの日本人選手は知り合いの紹介などで代理人を選択することが多かったが、「東京五輪まで自分をサポートしてくれる人なので、直接会って決めたい」と2泊4日の強行日程で乗り込んだ。
空港到着後、荷物を置いてすぐに待ち合わせの場所へ向かう。機内では緊張のせいか一睡もできず、目は充血していた。プロ転向を決断したものの、代理人もスポンサーも決まっておらず、完全な見切り発車の状態。リオ五輪ではリレーで銀メダルを獲得したが、世界的には全くの無名。心配は尽きなかった。