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木村沙織は天才で、練習の虫だった。
独自に編み出してきた練習法の数々。 

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米虫紀子

米虫紀子Noriko Yonemushi

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photograph byNoriko Yonemushi

posted2017/03/29 11:10

木村沙織は天才で、練習の虫だった。独自に編み出してきた練習法の数々。<Number Web> photograph by Noriko Yonemushi

「スーパー女子高生」と呼ばれたデビュー以来、日本女子バレー界の中心にはいつも木村沙織がいた。彼女の後を継ぐのは誰になるのか。

レシーブのために取り入れたルーティン。

 それだけ工夫をしながら練習を積んでいた木村でも、サーブレシーブに関して自信をつかんだのは最近のことだと言う。

「最後のワールドカップ(2015年)が終わったあたりから、自分の中でやっとサーブレシーブに関してしっくりくる取り方ができるようになりました。そこから、全然サーブレシーブが怖くなくなりました」

 2010年、日本のエースとなり、相手チームにサーブで徹底的に狙われていた木村に、当時の眞鍋監督はサーブレシーブのルーティンを作るよう勧めた。それから何年も様々なルーティンを試してきた結果、「自分の中にある息を全部吐き切ってから、両足のステップを踏んで、相手のサーバーと呼吸を合わせる」というやり方にたどり着いた。

「眞鍋さんに何か(ルーティンを)作れと言われて作ったんですけど、最初は自分の中ですごく無理矢理感があった。でも、それでチームがメダルを獲れるならって、何にでもすがる思いでやりました。それが本当に最近になって自信を持てるようになった。相手のサーバーと呼吸を合わせて、サーブを打たれるまでの間の使い方を一定にしたら、『今までなんであんなに苦労してたんだろう』ってぐらい、スッキリできた。そこだったら、サーブレシーブが苦手な選手に教えられるかなと思います(笑)。

 サーブレシーブは気持ちの部分が大きいから、相手が打つまでの間に何か考えてしまうと崩れるけど、『無心でやるってこういうことなんだな』というのがやっとわかった。それからはまたバレーの幅が広がりました。それまではサーブレシーブの方に気持ちを多く置いて、攻撃はそのあとって感じだったけど、それからは逆にスパイクの方に目を向けられるようになって、また違う感覚で楽しかったですね」

 引退会見でそう話す木村は、本当に嬉しそうだった。せっかく新たな境地にたどり着いたのに、30歳にして辞めてしまうのは何とももったいない。

またコートに戻ってくることは?

 記者会見での「また戻ってくるのでは?」といった質問を、木村は「ないです」と笑顔でかわし続けた。

「いつバレーをやめてもいいと思うぐらい、常に本気でやってきたので」

 それでも、しばらくコートから離れ、心と体の疲れが癒えたら、またムクムクとボールを追いたいという欲が湧いてくるのでは……。つい、そんな期待を抱いてしまう。

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