イチ流に触れてBACK NUMBER
「相手の心が見えることが多かった」
イチローが今季感じた、密かな幸福。
text by
笹田幸嗣Koji Sasada
photograph byAFLO
posted2016/10/28 07:00
バッターボックスで自分の技術だけでなく、相手投手の心理まで見える。2016年のイチローは、達人の境地へとたどり着いたのだろうか。
用意出来てない間に投げてくる悪あがきに……。
6月25日のカブス戦。
相手先発はその時点でメジャー最多の129打席37安打という対戦成績を残している37歳の右腕ジョン・ラッキーだった。
ラッキーがエンジェルスでデビューした'02年以降、ふたりは鎬を削りあった宿敵と言えた。だが、この日のラッキーは5歳上のレジェンドになりふり構わぬ姿勢を見せた。
打撃のリズムを崩すため、イチローの構えが整う前にポンポンと投げ込んだ。まさにイチローを「嫌がっている」一幕と言えたが、常に変わらぬ対峙を示すイチローには宿敵の変貌に一抹の寂しさを覚えた。
「相手が用意出来てない間に投げてくるとかしますけど、ああいうことをやり出したらもう……。僕の中での評価になるので、残念といえば残念」
メジャー通算176勝右腕との対戦でイチローが優位性を示すからこその「悪あがき」と言えたが、打撃だけでなく走者イチローとしても同様の場面があった。
4月21日のナショナルズ戦。相手投手はマックス・シャーザーだった。初回、中前打で出塁したイチローに対し、シャーザーは42歳の健脚を警戒し、セットポジションのまま4秒、5秒と本塁へ投げない。場内からは大ブーイングが起こったが、それでもシャーザーはお構いなし。4球、5球と続ける姿にイチローは苦笑するほかなかった。
「あれじゃ、守っているほうもやりづらい。大変だよねぇ」
一塁上でイチローがかける重圧が失投を呼び、オズナの3点本塁打に繋がった。
自分本位でない、相手が嫌がるプレーを!
イチローのプレーには彼が常に心がける狙いがある。
それは野球の数多くある局面に於いて、その場その場で変わってくる「相手が嫌がるプレー」である。ラッキーやシャーザーがとった自分本位の嫌がらせでなく、相手にダメージを与える結果を導くことである。
わかりやすい例であげれば、無死二塁での右方向への安打、相手投手のウイニングショットを仕留めることになる。