スペインサッカー、美学と不条理BACK NUMBER
FWがバルサに移籍することの苦悩。
安住の地を捨てたアルカセルの決断。
posted2016/10/29 07:00
text by
工藤拓Taku Kudo
photograph by
AFLO
予想通りの反応だし、彼らの心情は十分に理解できる。それでもやはり、ああいう光景を目の当たりにするのは気持ちの良いものではない。
10月22日。バルサの選手として初めてメスタージャを訪れたパコ・アルカセルは、ほんの2カ月前まで拍手と声援を受けていた古巣のファンから手厳しい“歓待”を受けた。
「アルカセル、ろくでなし、メスタージャから出て行け!」
スタジアムへ到着するなりそんな大合唱で迎えられたパコは、試合前にベンチに入る際にスタンドのいちファンから「ピパ(ひまわりの種)」の入った袋を投げつけられた。
「ピパ」はスペイン人がサッカー観戦中に食べる代表的なつまみだ。つまりはベンチ生活の続くパコに対し、「ピパでも食ってろ」という皮肉たっぷりのメッセージである。
実際、試合では「ベンチから出てこい!」と煽り続けたバレンシアニスタたちの努力も虚しく、パコがメスタージャのピッチに立つことはなかった。
この日ルイス・エンリケが切った交代カードは、イニエスタの負傷を受けてのラキティッチ投入と、71分のアンドレ・ゴメス→デニス・スアレスの2枚のみ。
94分に獲得したPKで勝ち越すまでゴールが必要な状況が続いていたというのに、3000万ユーロの移籍金を払って獲得したストライカーに声がかかることはなかった。
おそらくパコは地元ファンから受けた罵声以上に、そのことを厳しい現実として受け止めたのではないか。
移籍から2カ月、まだゴールはない。
バルサ移籍から2カ月が経過した現在、パコはリーガで5試合、CLで1試合に出場し、いまだ1ゴールも決めることができていない。
本人は「ゴールはいつでも訪れる。焦らないことが一番重要」と平静を装っているが、ピッチ上で見せる表情からは、試合を重ねるごとに余裕がなくなってきている。
これまで先発したのは2試合のみだ。カンプノウで今季初黒星を喫した3節アラベス戦では主力の大半を休ませたメンバー構成も災いし、ほとんどチャンスに絡めぬまま66分にベンチに退いた。
2度目の先発となったCLのボルシアMG戦では、ネイマールをトップ下に据え、スアレスとパコが2トップを組む実験的システムが失敗。左サイドに追いやられる形となったパコはろくにボールに触れることもできず、後半開始まもなく交代を命じられた。