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イチローの2016シーズン序盤戦。
最も印象的な「あの日」のこと。
text by
Number編集部Sports Graphic Number
photograph byNaoya Sanuki
posted2016/06/02 11:30
現地時間5月31日現在、メジャー通算安打数は2963。歴代最多安打記録4256本まであと15本。その強肩も健在だ。
連日、手抜きも無駄な動きも一切ない。
16時14分、ストレッチ終了。ベンチに戻りグローブを手にすると、外野レフト線際へ。オスーナとキャッチボールを開始。オスーナも強肩の持ち主だが、遠投になると球の推進力が違う。イチローの送球の方が低く、伸びやかだ。
ここまでも、イチローが日頃から大切にしている“ルーティーン”といえる。
連日、まったくといっていいほど同じリズムで、手を抜くことも、無駄な動きも一切ない。
そしてここから先は、先発出場の予定があるなしで微妙に変わってくるのだが……。
16時21分、キャッチボールが終わると、レフトからベンチに小走りで戻る。バッティンググローブをはめ、2本のバットを持ち、1本には古びた白いバットスリーブを装着してバッティングケージの右横に走る。
そして、エチェバリア、リアルミュート、スタントンの次にケージに入ると、バッティング練習を始めた。何球かケージ上部に打球を引っ掛けたあと、右翼席中段に届く大飛球も含め、誰よりも多く柵越えを連発する。バットのヘッドを利かせて、力ではなく、捻った身体を心地よく解放し、内側から振り抜いたバットの面でボールを捉えていく。ケージの裏に陣取るコーチやチームメイトが、ほほう、という表情を見せる。
イエリッチ突然のリタイアで12試合ぶりの先発に。
イチローの番記者たちが、ざわつき始めた。
「イエリッチが、いない」
すでに発表されたスターティングラインナップに、イチローの名前はなかったが、「3番レフト」だったはずのイエリッチがグラウンドに姿を見せていなかった。クラブハウスでは、まだ高校生といわれてもうなずけるほど幼い顔立ちの彼と、確かにすれちがっていた。
オリックス時代からイチローを取材して23年の小西慶三さんが、近くにいた旧知の外国人記者に訊ねる。
“What happened to Yelich?”
のちに腰の痙攣と発表されたが、24歳のイエリッチは後背部に爆弾を抱えており、昨年も何度となく戦列を離れていて、今回のトラブルもその延長線上にあると思われた。しかし今年はこれまで故障もなく、打撃も好調だった。
3番レフトの、突然のリタイヤ。先発メンバーと同じローテーションでのバッティング練習。それは、イチローが12試合ぶりの先発出場を果たすことを意味していた。