2016年の高橋由伸BACK NUMBER

未完成で、不安定で、一寸先は闇。
だから、2016年の高橋由伸を見よう。 

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プチ鹿島

プチ鹿島Petit Kashima

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photograph byKiichi Matsumoto

posted2016/03/24 11:05

未完成で、不安定で、一寸先は闇。だから、2016年の高橋由伸を見よう。<Number Web> photograph by Kiichi Matsumoto

コンディションが悪いということで、期待していた捕手・阿部慎之助と岡本和真の二軍行きが開幕直前に決定。新人監督にとって辛い報道が続く……。

オコエがいても「一新どころではない」重苦しさだった?

 2015年の秋、巨人で最大最悪のスキャンダルが発覚した。現役投手・福田聡志による野球賭博への関与。

 そしてグランド内ではクライマックスシリーズに敗退し、原監督の辞任が発表された(10月17日)。10年に及んだ長期政権が唐突に終わった。翌日のスポーツ紙で書かれた後任候補は「江川卓、川相昌弘、高橋由伸」の3人。

「巨人は前監督の退任と新監督の就任を同時に発表するなど、これまで監督不在期間がないのが伝統だったが、後任選考には時間を要するとみられ、巨人では異例の“監督空位期間”が生まれることはほぼ確実だ」(東京スポーツ・2015年10月19日発行)

 すべてがそわそわしていた。読売系列のスポーツ報知が「巨人新監督 由伸打診」と大きく1面で報じ、日刊スポーツも「巨人一本化 由伸監督」と書いたのは10月20日。

 現役を続けると誰よりも思っていたにちがいない本人が、引退を決断して監督を引き受けた。そんな折、10月21日には笠原将生、松本竜也両投手の野球賭博への関与が新たに発表された。ドラフト会議の前日である。

 こうして振り返ると、たしかにオコエ瑠偉を指名したところで「一新どころではない」重苦しさだったことがわかる。過去の状況とはレベルがちがいすぎた。

 高橋由伸は過去の新監督のように、未来のスターを獲得して明るい出発をすることはできなかった。なにより、ドラフト会議に出席できないほどあわただしい渦中にいた。

高橋由伸は、福岡で一人ぼっちだった。

 鉛色の空は年が明けても続く。

 開幕まで1カ月を切った2016年3月8日、またしても野球賭博の関与者が発表された。4人目は高木京介。このとき巨人は、オープン戦で福岡遠征中だった。報道陣に問いかけられた高橋由伸は「何もないよ」とコメントする。ソフトバンクの王球団会長や他球団の監督のコメントがきちんと出る一方で、当事者としてそっけない言葉に受け取られた。

《新指揮官が現場の指揮で手いっぱいなのは仕方ないとして、球団側が取材対応の段取りをつけるなど未経験の役割をフォローすることはできたはず。だが広報機能の大半が東京の球団事務所に集中し、現場までは行き届かなかったようだ》(夕刊フジ・3月10日発行)

 高橋由伸の周囲はがら空きだったのである。

《現役続行への強い思いを断ち切らせ、一度も外から巨人を見ることもなく、本格的な指導者経験もないまま指揮官に就任させた経緯を考えれば、球団が高橋監督の船出をしっかりと支え守る体制が不可欠といえる》(同)

 この記事のタイトルは、「由伸監督 不憫すぎる船出」であった。

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