スペインサッカー、美学と不条理BACK NUMBER
クラブ内の政争に、不可解な采配……。
バレンシア、唐突な監督交代劇の内幕。
posted2015/12/04 10:40
text by
工藤拓Taku Kudo
photograph by
MarcaMedia/AFLO
それは唐突な辞任発表だった。
リーガ・エスパニョーラ第13節、敵地でセビージャに0ー1で敗れた直後の会見場。「会見前に監督から伝えることがあります」と前置きした広報に続き、バレンシアのヌーノ・エスピリト・サント監督が神妙な面持ちで口を開いた。
「試合前に会長とオーナーのピーター・リム氏と話し、試合後にも話した。状況は良くない。クラブのために最善を尽くすべきだという考えでみなが同意した。それは私の意思でもある。私はこのクラブに雇われ、帰属意識も持っているが、この状況においては決断を下すことが重要だった」
ヌーノ、リム、レイ・ホーン・チャン会長の間で下されたその「決断」は、試合前も試合後も、この会見で発表されるまで他の誰にも伝えられていなかったという。
それは選手たちも例外ではない。ヌーノの会見後、ミックスゾーンで取材に対応したキャプテンのダニ・パレホは次のように明かしている。
「ヌーノは会見前にロッカールームに来ることもなかった。会見での発表で知ったよ。ここ数日のトレーニングもいつも通りで、何も知らなかった。自分はもうロッカールームを出てバスの中にいたので、コミュニケーション部の人から聞いたんだ」
「ヌーノ、ベテ、ヤ!」の大合唱。
リーガは5勝4分4敗の9位と振るわず、チャンピオンズリーグでは対戦相手に恵まれたにもかかわらず最終節を前にグループ3位へ転落し、自力での決勝トーナメント進出の可能性が潰えた。
だがヌーノが辞意を固めた決定的要因は、ピッチ上で繰り返される不安定なパフォーマンスではなく、ピッチの外から聞こえてくる「ヌーノ、ベテ、ヤ!(ヌーノ出て行け)」の大合唱にあった。
元々バレンシアは、ファンの要求が極端に高いクラブだ。自軍が少しでも不甲斐ないプレーを見せれば、メスタージャにはすぐさまヒステリックな口笛が響き渡る。受けるプレッシャーが大き過ぎるためか、ホームよりアウェーの方が良い成績を残すシーズンも珍しくないくらいだ。
それが昨季は、オーナーに就任したリムが行った大型補強が功を奏し、2シーズンぶりとなるチャンピオンズリーグ出場権争いを最終節まで続けたことで、チームとファンが一丸となって戦うポジティブな雰囲気がメスタージャを包んでいた。