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「全ての責任は自分で背負おう」
女子バスケ代表・吉田亜沙美の覚悟。

posted2015/09/30 14:00

 
「全ての責任は自分で背負おう」女子バスケ代表・吉田亜沙美の覚悟。<Number Web> photograph by Takashi Shimizu

ついにリオ五輪への切符を手にした隼ジャパン主将・吉田亜沙美。

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Takashi Shimizu

 2015年9月5日、アジア選手権を制覇し、リオ五輪出場権を獲得したバスケットボール女子日本代表。彼女たちの中に五輪経験者はいない。
 「このメンバーでどうしても五輪に行きたかった」と強い気持ちでメンバーを率いたのは、主将・吉田亜沙美。
 現在発売中のNumber886号にて、宮地陽子氏が彼女の五輪へかける熱い思いに迫った――。

 吉田亜沙美が今回、アジア選手権に抱いていた思いは、これまでとは比べ物にならないくらい熱いものだった。過去に、北京・ロンドンと2度も五輪出場の機会を目前にしつつ、世界最終予選で敗退し涙を飲んできた。

「いつも負けてしまって悔しい思いをする経験を繰り返してきました。バスケット選手であるからにはオリンピックっていう夢をずっと持ち続けてきました。今回にかける思いはすごく強かったです。私自身オリンピック予選は最後のチャンスだと思っていましたし、最後にしてもいいと思っていました」

 初めて日本代表のキャプテンに任命され、重圧もあっただろうが、彼女はその責任を喜んで背負った。

「全ての責任は自分で背負おう」

「キャプテンに選ばれたとき、自分のチームを作っていきたいと思いました。全ての責任は自分で背負おうと。後悔したくなかったので、積極的に得点に絡もうと思いました」

 その姿勢はプレーに現れた。予選ラウンドの対中国戦、試合終了まで残り3秒のタイミングで逆転シュートを決めたのだ。

「(あの時)たとえば他の選手が打って落ちて、その選手が傷つくよりは、自分が打って責任をとって負けるほうがよっぽどよかった。そういう思いがあの中国戦に出た。大会を通して点を取ろうという心構えがよかったのかもしれない」

 彼女自身、昨年は怪我で苦しんでいた。2014年2月、Wリーグの試合中に左膝前十字靭帯断裂の怪我を負った。その年の世界選手権は出場できず、復帰できたのは10カ月後のことである。

「当初は現役を続けるかどうかも悩んでいました。実業団に入る前に、大きい怪我をしたりオペをすることがあったら引退しようと決めていたんです。それぐらい自分には起こりえないことだと思っていました。この年で怪我して、前の自分に戻れるかっていったらそうじゃないともわかっていたので」

【次ページ】 故障中の吉田を支えた存在。

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