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“美学と矜持の男”の引退を惜しむ。
藤田伸二、「番長」の裏にある素顔。
text by
島田明宏Akihiro Shimada
photograph byYuji Takahashi
posted2015/09/19 10:40
ローレルゲレイロとともに制した2009年のスプリンターズS。この年は藤田が100勝を記録した最後の年でもある。
馬を、そして馬との関係をとても大切にした。
また、馬の力というのはとてつもなく強く、鞍上の人間がとても太刀打ちできるものではない、とよく言われるが、藤田の発達した上腕二頭筋や大胸筋を見ると、
――ここまでパワーがあれば、ある程度馬を御す力として有用なのではないか。
とも思えてくる。
実際、掛かり癖のある馬を、ときにはやわらかく当たってなだめ、ときにはガシッと手綱を引っ張って手の内に入れ……と、巧みに操った。
さらに、新冠の馬産地で生まれた彼は、馬を、そして馬との関係をとても大切にした。
「馬って、あんな不器用そうな口なのに、嫌いな錠剤だけ綺麗により分けて食べなかったり、自分のオナラの音に驚いてビクッとしたり、見ていて飽きません」
そう話してくれたこともあった。
武豊のダンスインザダークをゴール前でかわした'96年のダービーも、騎乗したフサイチコンコルドの強さを信じ切って乗っていることが、鞍上から伝わってきた。
自分よりも、馬を褒められると喜ぶ。
もうひとつ、私が思う「藤田伸二らしさ」は、騎手としての矜持の持ち方だ。
大きなレースを勝ったあと、「上手く乗りましたね」とか「見事な手綱さばきでした」と言われても、まったく嬉しそうにしない。
が、「強かったですね」と言われると、「そうですか、ありがとうございます!」と顔をクシャクシャにして喜ぶ。
彼が思う「いい騎手」は、「騎乗技術の高い騎手」ではなく「強い馬に乗る騎手」なのだ。強い馬に乗って勝つのは当たり前だと思われがちだが、その難しさを知悉しており、そうした立場に自分を持って行ける騎手こそ「一流騎手」だと思っているのだろう。
だからこそ、その大切な部分がエージェント制の浸透によって歪められたように感じ、モチベーションを保てなくなったのではないか。