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世が世ならダービーも……。無冠馬との数奇な出会い。
~ウインバリアシオン引退に寄せて~
posted2015/06/13 10:30
text by
片山良三Ryozo Katayama
photograph by
NIKKAN SPORTS
ダービー2着、菊花賞も2着。三冠に輝いた怪物オルフェーヴルと同世代に生まれて来なければ……と、巡り合わせの不運を嘆く声も聞こえたのがウインバリアシオン(牡7歳、父ハーツクライ、母スーパーバレリーナ、栗東・松永昌博厩舎)だ。2度も屈腱炎を患いながら、そのたびに復活して一線級相手に再び五分以上の戦いを挑んで見せたのも、この馬の偉さ。GⅠにはついに手が届かなかったが、密かに応援してくれたファンの数はタイトルホルダーと比較しても遜色ないものがあったと思う。
ウインバリアシオンとは、筆者が株式会社ウインレーシングクラブの社長を任されていた頃からの浅からぬ縁だった。その出会いは明け1歳の正月。日本一の人気牧場ノーザンファームで、唯一買い手が決まっていない牡馬がこの馬だったのだ。売れ残っていた理由はすぐ分かった。のちのバリアシオンの堂々たる姿を想像することなど絶対にできないほど馬体のバランスが崩れていて、しかも小柄。ファンドを組んだとしても、残口が山を成す心配が先に立った。それでも“ウイン”の馬となったのは、「売れなかったら、その分は私が引き受けるから」とノーザンファームの吉田勝己代表に仰っていただいたから。事実、60%の残口が出てしまい、それをご夫妻に引き受けてもらった。そういう馬が、世が世ならダービー馬だったかもしれなかったわけだから、若駒の才能を見抜くことがいかに難しいかがおわかりいただけるはずだ。