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ヤクルト・田中浩康が浴びた大歓声。
定位置を失い、11年目のコンバート。 

text by

田口元義

田口元義Genki Taguchi

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photograph byHideki Sugiyama

posted2015/04/14 10:30

ヤクルト・田中浩康が浴びた大歓声。定位置を失い、11年目のコンバート。<Number Web> photograph by Hideki Sugiyama

尽誠学園高校時代から二塁を守り、甲子園にも出場した田中浩康。昨年は三塁、一塁などでも出場したが、今季からは本格的に外野手としてスタメンを争っている。

山田の台頭と自身の不調で失ったセカンドのポジション。

 2013年は不調が続き、打率2割2分5厘と精彩を欠いた。その間に山田哲人が台頭し、'14年に彼が右打者の日本人最多安打記録を残す大ブレークを果たしたことによって、ベンチで過ごす時間が増えていった。この年は前年を下回る77試合の出場に留まり、打率も2割4分5厘。田中は、長年守り続けてきたセカンドのポジションを失った。

 オフになると、「トレード要員」や「FA移籍」と憶測が報じられるようになった。突きつけられる厳しい現実。「その時期には色々と考えることもあった」と田中は本音を漏らす。今でも当時を思い返すと表情が歪んでしまう。

 だが、ヤクルトは田中を戦力として必要としていたのだ。

「やりたい」ではなく「やろう」の気持ちになった。

 分岐点はその昨年オフ。監督となった真中満からの提案だった。

 外野への挑戦――。

 内野手一筋だった男にとっては未知の世界である。田中が当時の心情を呼び起こす。

「よく間違えられるんですけど、自分から『やりたい』と言ったわけじゃなくて、去年の秋に監督からアドバイスというか、そういう話をしていただいたんで、『やろう』という気持ちになって。今まではセカンドとか、内野しかやってこなかったんですけど、新しいことに挑戦させてもらえることがすごくありがたかったし、自分でもまだまだ伸び代があるんだなってことを感じられましたね。今もそうですけど、それが自分にとって大きな支えにはなっていますよね」

 外野にチャレンジする決意を固め、田中から迷いが消えた。

 FA権を行使せずヤクルトに残留。契約更改交渉では、野球協約の減額制限(年俸1億円以上の選手は40%)である5000万円ダウンの年俸7500万円も受け入れた。

 全ては、再びレギュラーに返り咲くために。

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