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川尻達也、満を持してUFCデビュー。
堅実な勝利に隠された、緻密な野望。 

text by

橋本宗洋

橋本宗洋Norihiro Hashimoto

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photograph bySusumu Nagao

posted2014/01/12 08:11

川尻達也、満を持してUFCデビュー。堅実な勝利に隠された、緻密な野望。<Number Web> photograph by Susumu Nagao

序盤は不安定なところもありながら、最後は実力を見せつけた川尻。一年ぶりの試合に「今回は本当に怖かった」とブログで語っている。

 2014年、世界最大の格闘技団体であるUFCが、さらに“巨大化”することになる。北米・ヨーロッパに加えブラジルでも定期的に大会を開催しているUFCは、アジアマーケットにも本格進出。マカオ、日本に続き1月4日にはシンガポール大会を初開催し、今後もマニラ、ソウル、バンコクで大会を行なうプランがあるという(3月にはマカオ大会が決定しており、非公式ながら日本開催の噂もある)。

 アジアでの大会が増えれば、アジアの選手にも出番が多くやってくる。シンガポールの新ランドマーク、高級ホテルと巨大ショッピングモールが併設するマリーナベイ・サンズのイベントホールで行なわれた1.4『UFCファイトナイト』には、日本から4選手が初参戦を果たした。

遂にUFCと契約した、日本が誇る“クラッシャー”。

 とりわけインパクトが大きかったのは、川尻達也がUFCと契約したことだった。修斗、PRIDE、DREAMと常に日本の最前線で活躍してきた“クラッシャー”は、フェザー級に階級を落としてから4連勝。かつてはストライカーのイメージが強かったが、現在はオールラウンダーにモデルチェンジし、打ち合いのリスクを減らしながらフィニッシュ率を上げる完成度の高い闘いを見せている。

 だが、川尻が調子を上げるのと反比例するように、ホームリングであるDREAMの経営は苦しくなり、開催頻度が落ちていった。TBSでの放送がなくなり、2012年のイベントは大晦日のみ。2013年には、なんのアナウンスもないまま開催数ゼロとなった。

 かつて、川尻は自分のスタンスをこう語っていた。

「僕が20代前半だったら、迷わずUFCを目指してるでしょうね。でも30代だし、PRIDEを味わっちゃってる世代ですから。日本を盛り上げるのが自分の仕事だと思ってます」

 とはいえ、日本ではコンスタントに試合をすることさえままならない。「もう日本にこだわらなくていい。UFCで勝負してほしい。キャリアの絶頂期を無駄にしないでくれ」。そんなファンの声が高まりきった時、ついに川尻はUFC参戦を決意したのだ。

【次ページ】 UFCデビュー戦は、いきなり大会セミファイナルに。

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