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高卒3年目で戦力外の「清原2世」。
勧野甲輝がトライアウトで貫いたもの。
text by
田口元義Genki Taguchi
photograph byNIKKAN SPORTS
posted2013/11/29 10:32
トライアウトでアピールに成功し、ソフトバンクとの育成契約にこぎつけた歓野甲輝。長打にこだわるスタイルを貫き、一軍へ上がることはできるのか。
プロ3年間、一度も一軍でプレーできぬまま戦力外通告。
新チーム発足以降は徐々に復調し、最終的には高校通算本塁打を27本まで伸ばした。'10年のドラフトでプロ入りはできたが楽天の5巡目。「清原2世」と呼ばれた逸材としては、あまりにも低い評価だった。
それでも、勧野は長打を捨てない。入団会見で述べた抱負が何よりの証拠だった。
「飛距離は誰にも負けない気持ちを持ってます。チャンスに強い、ここ一番で打てる打者になりたいです」
プロの世界は高校時代以上に厳しく、二軍暮らしが続いた。
'11年はわずか11試合の出場に終わり18打数5安打、本塁打はゼロ。翌'12年は出場機会も増え、7月8日のDeNA戦では二軍ながらプロ初アーチを放ったが本塁打はこの1本のみ。62試合出場で打率は1割7分と長打をアピールするまでには至らなかった。
今季も、イースタン・リーグ開幕直後からその打棒は沈黙。4月14日の日本ハム戦で本塁打を放ったものの、2カ月で34打数7安打とスタートダッシュに出遅れ、6月以降は出場機会がぱたりと途絶えた。トータル40打数10安打の打率2割5分。結果を残せなかった。
そして、10月4日に戦力外通告を受けた。
プロ3年目の21歳。本塁打に並々ならぬこだわりを持ち続けながら、一度も一軍でプレーすることなく楽天を去ることとなった。
「プレッシャーは正直、高校の時からずっとありました」
常に背後に屹立する「清原2世」という呪縛。勧野は自らのバットでそれを払拭することはできなかった。
だからと言って無聊を慰めるような発言はしない。彼は、現実と真正面から向き合うように口を開く。
「プレッシャーは正直、高校の時からずっとありました。でも、高校でもプロでも、そういう評価をされるなかで活躍しなければいけないわけですからね。僕としても一軍で活躍するために頑張ったつもりですけど、力不足というか。クビになった一番の原因は、長打を打てなかったことだと思っています」